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「手が届かないから綺麗なの」
野々島先輩は満月に手のひらを向け、思いっきり腕を伸ばした。
月光を浴び、哀しげに微笑む先輩の姿にやるせない気持ちでいっぱいになる。
野々島先輩の手のひらの先にいるのは月ではなく、あの男なのだろう。僕への返事であると同時に、彼を想う切なさが先輩の声音から零れ落ちる。
黙っている僕に野々島先輩は再び困惑の色を見せた。
「……横河君……ごめんね」
ハッと我に返り、今、僕は振られた事を改めて思い知らされる。
満月が輝く夜。
ずっと好きだった2コ上の先輩。
恋人と別れる場面に遭遇してしまった僕。
僕と目が合い、驚く先輩。
気の利いた事が言えない僕。
無理に笑顔を作る先輩。
痛々しくて、思わず口から出てしまった言葉。
……月が綺麗ですね。
とてつもなく恥ずかしくなった僕は、カッと顔を熱くさせ、頭を掻きながら無駄に大きな声を出した。
「そうですね。うん、届かない。届かないですよねぇ……あはははは」
わざとらしい僕の笑い声が公園中に響き渡る。自分の格好悪さに居た堪れない。もう少し洒落た事が言えないのか、僕は。
恋人と別れたばかりの先輩に振られるのは当たり前。わかっていた。
でも、伝えたかった。どうしても。
貴女が魅力的で素敵な女性だと言う事を。
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