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こんな田舎の深夜の山道とくればで前も後ろにも車はおらず、ましてや対向車もいない。
唯一の光源は彼の車のヘッドライトだけだった。
断続的にノイズを発しながら、ほんのわずかに受信された放送を吐き出していたが、その声も不気味なほど不明瞭で、何を言っているのかさえ分からない。
「これだから田舎は…」
仕事のストレスもあってか、あーでもないこーでもないと愚痴がこぼれる。
さらに雨音は耳をつんざくように強くなった。
彼の苛立ちを煽るかのように、風が車を揺さぶり、木々が激しく揺れる音が聞こえる。
やがて山の中腹に差し掛かった時だった。
ハンドルを握る手に違和感を覚えたのだ。
今まで会社や上司への愚痴や仕事の悩みで一杯だった頭が、煙草を欲した。
いつも通りにハンドルを握っている左手を車のシガーライターに伸ばそうとした時であった。
免許を取って約20年。都会勤務が多かったが外回りも多く運転には慣れていた。
あまり意識していなくてもハンドル操作やアクセルにブレーキ。シフトチェンジですら無意識でやる時がある。
今回も夜遅い山道。前も後ろも車はいない。
あとは対向車だが、ライトでさすがにわかる。
視界こそ不良だが、通い慣れた山道。スピードさえ気を付ければそんなに危険ではない。
だからこそ運転にはそれほど注意がいかずに、考え事や愚痴の独り言を言ってしまっていた。
しかし、ふとハンドルを握った左手に注意がいったのだった。
本当にふと…。
おかしい…。
児島は状況を理解した時、今までの気の抜けた表情は一変する。
手が離れない。
どこから?
ハンドルから…
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