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「難有」
「こっちこそ難有……元気でな、優希」
コックピットに乗り込みエンジンをかける。機体全体が細かな振動を開始する。
難有。
失われたその言葉の代わりに、優希が新たに作った言葉だ。彼はこれから難有という言葉とともに、その意味と尊さを世界中に広める活動をしていくらしい。
大夢はフッと微笑む。奇しくもそれは、失われる前の名と酷似していた。
『今の俺たちでは感じることは難しいが、その感情は確かに胸の中に有る』
そういう意味で名付けたのだと彼は言った。大夢も今回、改めてその言葉の成り立ちの意味を噛み締めた。
当たり前に有ると思っていた、感謝し、されるというやり取り。しかしそれが存在しない未来を目にし、当たり前ではなかったのだと知った。
感謝。それは人が人の優しさに触れて初めて芽生える。だから人が優しさを忘れればそれもまた容易く形をなくしてしまう。感じられること自体が奇跡に等しい、有り難き感情。
そしてそれを失った時、人は人らしく居られなくなってしまうことも。
タイムマシンが時間と空間の壁を超越する。窓の外の瓦礫の山とその上に立つ小さな優希の姿が、光の濁流に飲まれて消えた。
「ありがとう、優希」
一人になった機内で不意に零れた。願わくば、彼の行く末が感謝の言葉で溢れていますように。
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