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「俺も歴史書で読んだだけだが、どうやら『その言葉を使おうとすると、勝手に意味のない文字の羅列に変わってしまう』という現象らしい。コンピュータの文字化けってあるだろ? あれが手書きや発話を含む、全ての伝達形式で起こったんだ。
『言化け』と今では呼ばれている」
「へぇ」
「日本のある田舎町から始まった言化けはウイルスのように瞬く間に伝染し、世界中からその言葉を存在ごと消し去った、らしい」
「その言葉っていうのは? ……あっ」
尋ねた後で気付く。言化けという現象が本当なら、中川がその言葉を大夢に伝える時も化けてしまうはずだ。思ったよりは面倒臭いな、と大夢は顔をしかめる。
しかし問題はそんな浅いところにはなかった。
「分からない」
「え」
「言化けはその言葉単体じゃなく、関連する用語や前後の文脈にまで影響を及ぼす。特にその言葉を含む辞書や物語、歌なんかは丸々全部言化けし、使い物にならなくなってしまったほどだ。
だから俺たち現代人はその言葉自体はもちろん、使う場面や、なんとなくの意味さえ知らない。ただ言化けによってその言葉が消えたという事実以外、何も分からないんだ」
ようやく話が掴めてきた。どうやらその言葉というのは2250年現在、本当に存在ごと消えてしまっているらしい。
当時の人間ならいざ知らず、今生きている彼らはその言葉の文字列や発音も分からないため、そもそも言うことができない。言化けするしない以前の問題だ。
分かるのはただ、かつてそれが有ったという事実だけ。
言うなれば太古の地層から発見された用途不明の加工品みたいなものか。
けれどそんなもの、無ければ無いで困ることなどないと思うが。
「俺はこの言化けこそが戦争の原因だと思っている」
中川の意外な発言に、大夢は再び「え」と漏らした。
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