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氷のように冷たい返事に絶句する。
なんて言い草だ。確かに、大夢のマシンを直すことで中川に得は無い。迷惑をかけている立場で厚かましいお願いだったかもしれない。
それにしたって、あまりに人間味が無いではないか。
しかも厄介なのは、その発言が中川の悪意や性質の問題と思えなかったことだ。
なんというか、手間やコストなどの個人的理由から大夢を助けないのではなく、「人を助ける」という選択肢自体が無いかのような。人間が生まれ持つべき優しさが端から欠落しているような。彼の態度からは、そんな無垢な狂気を感じた。
そしてそのことがかえって大夢に気味悪さを抱かせた。
会話の無くなった車内。重苦しい沈黙から逃れるようにひたすら意識を外へ飛ばすが、そっちはそっちで酷いものだ。
辛うじて骨組みだけ残し、瓦礫の群れと化した家々。代わりにシェルターの入り口と思われる丸い鉄板が、巨大な蟻の巣の如く数十メートルおきに点在しているが、それだけ。他には何もない。空飛ぶ車も、町を闊歩するロボットも、大夢が想像したような近未来はどこにも。
この世界にあるのは絶望だけだ。
「……あっ、中川。車を停めてくれないか?」
大夢の懇願に中川はブレーキを踏んだ。この程度の小さな要求は聞いてくれるようだ。
「どうした」
「人が倒れてる。子供だ」
「それで?」
「それでって。助けないと」
「なぜ?」
またしても氷の言葉を吐く中川。大夢はたじろぎながらも、今度はなんとか言い返す。
「それが人間のあるべき姿だからだ。必ず戻るから、少しだけ待っててくれ」
意味が分からないという表情だったが、中川は車のドアロックを解除してくれた。大夢は倒れている少年、おそらく十代前半と見受けるが、急いで彼の元に駆け寄りとんとんと肩を叩く。
「大丈夫か? 怪我してるのか?」
返事はないが、代わりに腹の虫が鳴った。
食糧難か。本当に戦時中なのだな、と今更ながら思い知る。
大夢は腰に着けていたポーチからメロンパンを取り出す。時間移動中に食べるつもりで都合良く持っていたが、タイムマシン墜落の衝撃でかなり潰れてしまっている。
「こんなもので申し訳ないけど、食べるか?」
鼻先にパンを差し出すと、袋の破れ目から漏れ出た糖分の匂いに誘われ、少年はパチリと目を開けた。そして弾かれたように立ち上がり、大夢の顔と中川の車を一瞥し、パンをむしり取って走り去る。
残された手が虚しく宙を彷徨う。恩知らずな、とは思わない。きっと時代がそうさせたのだ。中川にプップッとクラクションを鳴らされ、大夢はとぼとぼと車へ戻った。
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