サンプル1 鍵の開かない本

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「ただいま」  夕刻時、和也はアドレスホッパーのため知人の家へ。 「おかえりぃ、待ってたよ。早く和也のご飯食べたい」  子犬のようにワンワンと吠えるはダークウェーブで知り合った闇バイトをしている男。人懐っこく、アドレスホッパーで家がないと伝えたところ心良く受け入れてくれたお調子者だ。 「鍋で良いか?」 「うん」  手を洗い、軽く潔癖なためゴム手袋をしながら野菜と調味料を取り出す。トントントンっとリズム良く切り「おい、尻尾振ってないで庭にある取ってきてくれ」と知人を動かす。  初めは「えー」と楽しくなさそうにしてたが「ニラ!!」と楽しそうな声が聞こえ、ドタバタと持ってくる。  水で洗い、ザクザクッと荒く切っては鍋に入へ。適当に調味料を加え、煮立つのを待っていると和也のスマホが鳴る。 『――』  声がない。いや、敢えてなかった。  無言に耳を傾け「わかった」と電話を切る。 「あれ、仕事?」 「あぁ、事故死が起きたらしくてな。悪いが一人で食べられるか?」 「そっか……あ、だから荷物なかったの?」 「何かと飛ばされるからな」 「また、会えるかな……。会えなくてもネットで話せるなら嬉しいんだけど」  寂しそうな瞳に思わず、男の頬に手を添えおでこを軽くぶつけ返す。 「あぁ、」  その言葉に嬉しそうに男は笑うと彼も軽く嗤った。「じゃあ」と部屋を出ると廊下を歩いては「クッハハッ……」と正義には相応しくない邪悪な嗤いが響いた。            * 【庭にあったスイセンをニラだと思い食べたか。  男性が一人死亡 闇バイト関係者か証拠が――】  翌朝。  酷い頭痛と眠気と目眩に襲われ、処方された薬を飲みながら和也は仕事の支度。テレビを見つめ、事故死のテロップに毒を吐く。 「食べるとは馬鹿なやつ。か。少しは捜査が進みそうだな」  彼の記憶の中では【男】の事など一切覚えてなかった。 「なんだよ、この鍵付きブックカバー。番号分からんし、いつまで経っても日記が書けない……仕方ない手帳に書くか。いつものことだが、たまにはしっかり書きたい」  テーブルの上に置かれている本。  それは、何故か和也でも開けられない。  レザー素材の鍵付きブックカバー。  だが、は知っている。  日付が書かれた赤い付箋。   チラッ上からはみ出し見える写真には――         吐瀉物ともがき苦しむ男の写真。  表では暴かれない。    裁きから逃れた。      人の記録が刻まれていること――。  
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