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結局、夜になっても皆は帰ってこず、眠さに負けてベッドへと入った。微睡みに揺られながら、頭の隅で彼らの無事を祈る。調査に行くだけだ。戦争に行くわけじゃない。なのに心配でしかたない。
(寝てしまおう)
そう思い考えるのを止めて、寝ることに集中する。きっと明日になれば、いつものように部屋に顔を出してくれると信じよう。
ふわふわと睡魔の闇の中を漂っていると、突然目の前にノクスが現れた。帰ってきただと思い駆け寄ろうとするけれど、身体が動かない。必死に足に力を入れていると、意志とは関係なく身体が動き始める。腰には先程までなかったはずのオレオールの姿。ノクスがなにかを語りかけている。
その瞬間、鞘からオレオールを抜いた僕は、鋭い切っ先をノクスの心臓へと沈めた。赤い水滴が目の前を飛ぶ。僕を両腕で抱き寄せながら、ノクスが微かに笑っていた。
よろよろとノクスから離れる。オレオールは彼の心臓を貫いたままだ。気がつくと金縛りは解けていた。戦慄く。両手にベトリと付着した真紅が少しずつ黒く変色し、僕の全身を蝕む。嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ……
「わあああああっ!!!!!!!」
荒い息を吐き出しながら飛び起きると、額から大粒の汗が流れ落ちてきた。慌てて両手を確認する。血は着いていない。そのことに、深く安堵した。未だ嫌に鳴り響く心臓を抑えて、呼吸を整える。夢だと気がついたのは、飛び起きてから数分後。
「ノクス……」
君に会いたい。ベッドから飛び降りて、覚束無い足取りで部屋を出る。ノクスの部屋をめざしながら、鼓動が更に早まっていくのを感じていた。
もしも、ノクスの姿がなかったら……。そう考えるだけで涙が滲んでくる。怖い。夢でオレオールを心臓に突き立てたときの感触が、やけに鮮明に残っていた。
部屋の扉が見えると、隙間から微かに明かりが漏れていることに気がつく。そのことに酷く安堵した瞬間、せき止めていた涙が溢れ出てきた。
ノックをする余裕もなく扉を開ければ、仕事の資料に目を通していたノクスがこちらへと視線を向けてくれる。大好きな深紅の瞳が柔らかく細められる瞬間を見ると、心が穏やかになっていく。
「どうかしたのか?」
涙を流す僕を見て、資料を置くとこちらへと歩み寄って来てくれる。思わず大きな胸へと飛び込むと、戸惑いがちに抱きとめてくれた。
(ノクスが生きている……。ノクスはここにいるっ……)
嗚咽を噛み殺し泣き続けていると、背を優しく撫でられて更に涙が流れてきた。
「なにかあったのか?」
「っ……怖い夢を見たんだ。ノクスが居なくなってしまう夢……僕、怖くて……」
どうしてあんな夢を見たのかはわからない。でも、本当に怖い夢だった。この手でノクスに刃を突き立てるなんてありえないのに。夢だとわかっていても、とても怖い。
「傍にいて欲しい……」
わがままだと分かっている。ノクスは政務で忙しいのに、こんなこと言っちゃいけないって。でも、今だけでいいから、彼を傍で感じさせて欲しいんだ。
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