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目を開けると、一瞬で煌びやかな屋敷の中に移動していることに気がついた。大窓から日が差込み、輝く屋敷内は黒を基調としているにもかかわらず明るく、温かな雰囲気のある場所だ。
隣に立つノクスが、僕の手を引いたまま歩き出す。歩幅を合わせながら、ゆっくりと歩いてくれるのがなんだかくすぐったくも嬉しい。
「お前に合わせていては日が暮れてしまう」
途中まで一緒に歩いていたけれど、時間がかかると思ったのか、ノクスが僕を腕の中に抱えた。捕まれと言われたので、首に腕を回して身体を密着させる。誰かとこんな風に触れ合うなんて初めてで、少し戸惑ってしまう。両親から抱き締められたことはなかったし、優しく声をかけられたこともなかった。
「オレオールは?」
「森に置いてきた」
「僕の友達なんだ……」
「……探させておく」
「本当? ありがとう」
オレオールは僕を守ろうとしてくれたのに、言うことを聞かなかったから怒っているかもしれない。再会できたらちゃんと謝らないと。
特に会話もなく、大人しく抱えられたまま着いたのは必要最低限の家具が置かれた部屋だった。それでも子爵家よりも豪華な内装だし、大人が生活しても申し分ない。降ろしてもらい中を確認していると、部屋の中の物は自由に使っていいと言われた。
「いいの?」
「ああ。ただし、許可があるとき以外は部屋から出るな」
「うん。わかったよ」
部屋から出るのに許可がいるのは当たり前のことだから、素直に頷く。子爵家で暮らしていたときも、出るのには許可がいった。許可なしに外に出たら怒られるだけじゃすまない。
「随分素直だな」
「許可が居るのは普通のことでしょう。それに、こんなにも素敵な場所を使わせてもらえるなんて、それだけでとてもありがたいし、嬉しいんだ!」
満面の笑みを向ければ、ノクスが微かに片眉を上げる。難しい顔をしている彼に、どうしたのかと尋ねれば、なんでもないと言われてしまった。
「本当にありがとう」
「お前は自分の立場を理解しているのか?」
「立場? ……えーと、奴隷? それとも、使用人?」
「そういうことを言っているのではない。それに、両方とも違う。……お前がなにも理解していないことはわかった。とにかく大人しくしていろ」
深いため息をつきながら、ノクスは部屋から出ていってしまった。知らない場所に一人きりにされて、少し不安や寂しさを感じる。けれど、その気持ちは呑み込んで、言われた通り大人しく椅子に腰かけた。
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