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窓から見える景色をぼーっと眺める。人間の住む場所となんら変わらない美しい空。見える街並みは色に溢れ、心を和ませる。ここはどこなのだろう。人間と魔族の住む土地は、高く険しい山と深い森に阻まれて交わることはない。
魔王に連れてこられたということは、もしかするとここは魔族の住む土地なのではないだろうか。そう見当をつけてみるけれど、だからといって怖いとは思わなかった。この世でなによりも怖いものは、人から受ける憎悪だと知っているから。
「失礼致します。魔王様からソル様のお世話を申し付けられました。ベアトリスでございます」
しばらく景色を眺め続けていたら、銀髪を後ろで結い、綺麗な金色の瞳をした女の人が部屋に入ってきた。
「僕のお世話?」
「はい。身の回りのことなどは、私にお任せ下さい」
無表情のまま、淡々と義務的な内容だけを口にするベアトリス。椅子から降りて、そんな彼女の前に向かうと、よろしくねって手を差し出す。でも、見つめられるだけで握り返してはくれない。どこか、警戒しているかのような雰囲気を感じて、手を引っ込める。
「僕、自分のことは自分でできるよ。だから、大丈夫」
口元に笑みを作る。僕のために誰かの手を煩わせることはしたくはない。身の回りのことは、ずっと自分でやってきていた。だから、迷惑はかけられない。
「魔王様から直々の御命令ですので」
「でも……」
淡々とした声で否定されてしまい、それ以上はなにも言えなくなってしまった。まずは身なりを整えるからと、お風呂に入るように促される。それから、髪も梳かしてもらい、衣装も新しい物と交換された。一連の作業はすべて僕が借りている部屋の中で行われ、言われた通り一歩も外には出ていない。
「へへ」
「どうかされましたか?」
突然笑いだした僕に、ベアトリスが訝しげな視線を向けてくる。新しく肌触りのいい衣装をペタペタと手で触りながら、自然と頬がゆるむ。胸元にフリルのあしらわれたシャツに、白銀の糸で刺繍の施された銀のウェストコート。同色のトラウザーズは滑らかで履き心地がいい。
「こんなに素敵な衣装初めて着たから嬉しくて」
「……そうですか」
「それにね、温かいお湯に触れたのも、髪を梳かしたのも、久しぶりなんだ!あとねっ、誰かにこんな風に親切にしてもらえるのが嬉しかったんだ」
「っ、これが仕事ですから」
ベアトリスがそっぽを向く。まるで、照れているような仕草が可愛くて、笑みを深めた。人と触れ合うのってこんなにも嬉しいことなんだって、初めてわかった気がしたんだ。
「随分と楽しそうだな」
照れているベアトリスを眺めていたら、部屋にノクスが来た。笑顔の僕を見て眉を寄せたのがわかる。ベアトリスはお辞儀をすると、部屋から出ていってしまう。
二人きりになると、ノクスが僕の前へと視線を合わせるように屈んだ。彼の深紅の瞳はいつ見ても美しく、吸い込まれてしまいそう。
「部屋は気に入ったか?」
「うん! とっても素敵。それに、見て! こんなに素敵な衣装も用意してくれて、髪も綺麗にしてくれたんだ。僕、とっても嬉しい」
ノクスの前で、大きく手を広げてクルリと回ってみせる。
「そうか。ソルの金糸の髪がいっそう美しく輝いている。アクアマリン色の瞳がよく映えるな。ベアトリスはいい仕事をしたようだ」
「あのね、僕こんなに優しくしてもらうの初めてで、びっくりしているんだ。ノクスはどうして僕にこんなにもよくしてくれるの?」
森で出会った瞬間、心がざわつくような不思議な感覚を覚えた。僕とノクスは、出会う運命だったのだと言われているような気がしたんだ。けれど、ノクスも同じように感じてくれているのかはわからない。僕だけが感じているとしたら、少しだけ寂しいとも思う。
「放置して死なれては困るからだ。それに、ソルはまだ幼すぎる」
「たしかに僕は十歳だけど、いろんなこと出来るよ。お裁縫に、水汲みに、お掃除、それから……」
「そのようなことは今後一切するな」
「でも、お世話になってばかりじゃ申し訳ないよ。それに、優しくしてもらうのは許されないんだ」
僕は兄様を傷つけた。魔力にあてられて、兄様の体調が悪化したことはわかっているし、それを受け入れて償わなければならないことも知ってるんだ。
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