1話 やりかけだった乙女ゲーム

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1話 やりかけだった乙女ゲーム

「これって、『レンフィールド王国の枯れない花2』の世界だよね? この視点のオープニングムービーがあったのを、覚えているもの」  湖水より青い瞳が周囲をゆっくりと見渡し、それに合わせてポニーテールに結われた水色の髪先が、白を基調としたブレザー風の制服の背で揺れる。  18歳になる貴族子女のたしなみとして、これから2年間通う王立レンフィールド学園の正門をくぐり、そびえたつ校舎のシルエットを目の当たりにした瞬間、新入生ウェンディの頭の中には前世の記憶がよみがえった。    地元の国立大学に合格し、受験勉強中我慢していた積みゲーを片っ端からプレイしていたら、『レンフィールド王国の枯れない花』という乙女ゲームの中で、前世のウェンディは運命の推しに出会う。  切りっぱなしの黒髪に、透き通った紫色の瞳、日に焼けた小麦色の肌が精悍な、孤高を愛する勇者デクスター。  貧しい家の出身で、平民だったにも関わらず聖剣に選ばれた彼は、王命を受けて魔王討伐の旅に出る。  聖剣士となったデクスターのほかにも、キラキラ王子枠の魔術士イアン、秀才メガネ枠の錬金術士アルバートといった攻略対象と共に、ヒロインの聖女シャーリーが治癒士としてパーティメンバーに同行する。  魔王城に辿り着くまでに何度も中ボスとの戦闘があり、そのたび、攻略対象との好感度が上がる恋愛イベントが発生するシステムだ。 「普段は寡黙なキャラなのに、いざ魔物と戦うときは先陣を切るの、聖女への秘した愛ゆえよね……尊い!」    魔王を倒した最終決戦後、身分差を乗り越えて聖女と結ばれるエンディングに、熱い涙を流したのを思い出す。  デクスターの全てのスチルを集めるため、渋々ながら別の攻略対象ルートもクリアしたし、コラボグッズが販売されれば、朝早くから店に並んだ。  『レンフィールド王国の枯れない花』に続編が出ると知ったときは、どれほどウェンディが狂喜乱舞したことか。  『レンフィールド王国の枯れない花2』は、前作から20年以上が経過した設定で、ヒロインや攻略対象たちが親になり、その子ども世代へ魔王討伐の任務が受け継がれていくストーリーだった。 「40代になったデクスターを拝めるなんて……生きててよかった!」    ところが実際にプレイしてみると、デクスターの存在が忘れられたかのように、いないものとして物語が進んでいく。  ゲームの広告には、前作の攻略対象たちがこっそり登場、と確かに明記してあったのに。 「どういうこと?」  疑問に思いながら、前世のウェンディはデクスターを探しつつエンディングを目指し、そして――。 「クリア前に死んじゃったんだよね。デクスターを見つけられないまま」  はあ、と溜め息をついて、とぼとぼと入学式の会場を目指す。  ほかの新入生たちが嬉しそうにはしゃいでいるのに比べ、ウェンディの顔色はまったく優れない。  覇気がないのは、続編の中でデクスターが行方不明、という理由だけではないのだ。   「よりによって悪役令嬢に転生するなんて、面倒くさい……まだモブの方が良かったわ」  ウェンディの父であるダニング伯爵は、当代きっての天才と言われる錬金術士で、20年以上前の魔王討伐パーティメンバーの一人、つまり聖女の攻略対象だった。  しかし、この続編は、魔術士の第二王子イアンと聖女シャーリーが結婚するメインルートを継承している。  ついては、二人の間に生まれた王女が、今作のヒロインなのだ。  これから1年後、隣国での留学を終えてレンフィールド学園へ転入してくるヒロインと、悪役令嬢役のウェンディは敵対する。 「隣国でチートに目覚めた王女が潜在能力の高さを披露して、それまでずっと学年首位をキープしていたウェンディをその座から陥落させるのよね。頭にきたウェンディは、以降、何かにつけて王女へ突っかかっていくのだけど……私、そんな無駄なことするかしら?」    思い切りのよいウェンディの性格からして、絶対にしないと言い切れるが、乙女ゲームの強制力みたいなものが働く可能性もある。  なにしろ悪役令嬢のウェンディと衝突するたび、ヒロインは攻略対象たちに慰められて、彼らの好感度が上がっていく仕組みなのだ。 「言わば私の存在は、恋の延焼を促す燃料――」    卒業式を目前に、突如復活した魔王を討伐するべく、王女は母と同じく治癒士となり、成長した攻略対象たちとパーティを組んで決戦の地へと向かう。   「旅の途中の戦闘で、パーティメンバーを育成した前作と違って、続編は学園生活中のイベントで、攻略対象たちを育成するのよね」  魔王城に向かう道すがら、常に魔物と戦い、命のやり取りをしていた前作に比べて、続編の戦闘シーンはクライマックスの魔王戦が最初で最後だ。  攻略対象たちとの恋愛パートに力を入れた結果なのだろうが、ウェンディには物足りなかった。 「明日は死ぬかもしれない、という極限状態だからこそ、燃え上がる想いもあると思うのよ」  そう力説していたウェンディだが、ついぞ開発陣にウェンディの気持ちは届かず、生ぬるい学園育成ゲームにされてしまった『レンフィールド王国の枯れない花2』を、デクスターに会うためだけにプレイしていた前世。  続編に転生してしまったウェンディの目的は、最初から決まっているも同然だ。 「きっと、どこかに居るはずよ。この世界で、必ずデクスターを見つけてみせるわ」  ◇◆◇  辿り着いた大きなホールで入学式が始まるが、学園長の挨拶やら在校生からの祝辞やらは、考え事をしているウェンディの耳には届かなかった。  どうしたらデクスターを見つけられるのか、ウェンディの思考はそれに集中していたからだ。   (一番のヒントを持っているのは、お父さまよね。何しろ、同じパーティメンバーだったのだから)  入学式に続いてオリエンテーションが始まったが、すでにゲーム内でそれを体験済みのウェンディは、早く帰宅したくてソワソワ落ち着かない。  そんなウェンディを指さして、周囲にいる女子生徒たちがひそひそと噂する。 「ほら、あちらにダニング伯爵家の……」 「入学前のクラス分け試験で、満点だったとか?」 「血筋ですわねえ、うらやましい」 「やはり錬金術士を目指すのでしょうね」  レンフィールド学園では、2年間で生徒たちの適性を見極め、優秀と思われる生徒には士業への口利きが行われる。  王女ヒロインも、その制度を利用して治癒士になるのだ。  治癒士になれないと、魔王討伐パーティには入れないから、攻略対象たちの育成と一緒に、ヒロインも成長しなくてはならない。  イベントの発生タイミングとずらして、勉強時間をしっかり確保しないと、ゲームではバッドエンドへ一直線に進んでしまう。   (前作にはなかった逆ハーエンドが導入されたせいで、スケジュール管理が大変だった印象があるわ)    攻略対象たちをはべらせることに興味がなかった前世のウェンディは、完全に惰性で、デクスターと同じ剣士ルートを選んだ。  そして魔王が復活して世間が震撼し、討伐のためのパーティが組まれるところまでは、ストーリーを進めた。 (そこからの記憶がおぼろげなのよね……魔王を倒した覚えはないけれど、旅立ちのシーンは見たような)  そもそもウェンディは、前世の己の死因も忘れているのだ。  ゲームの細かい記憶が抜けていても、仕方がない。  ふう、とウェンディが物憂げな溜め息をこぼす。  ざわ……  すると、ウェンディをちらちらと盗み見していた男子生徒たちが、息を飲んだりハッと目を見開いたり顔を赤らめたりして、一帯にどよめきが起きる。  悪役令嬢ではあるものの、れっきとした登場人物の一人であるウェンディは、前作の攻略対象だった父に似て容姿が美麗だ。  ただし、本人はそのことに気がついていないので、途端に騒々しくなった会場に、きょとんとした顔をしていた。
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