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3話 魔王のお気持ち代弁します
「しかし魔王が、『これは呪いだ』と言ったのだ。『決して誰にも解けない』と――」
「魔王は敵よね? こちらを欺くために、嘘をついたとは考えなかったの?」
「魔王が? 嘘を?」
ウェンディの追求に、ダニング伯爵は思いもよらなかった、という顔をする。
「己を死に追いやった相手に、わざわざ親切に真相を教えると思う? もしも私が魔王なら、せいぜい苦しめばいいと、逆のことを言い残すわ」
「ウェンディは……魔王の気持ちが分かるのかい?」
「お父さまはちょっと、ピュア過ぎるわ」
ウェンディは腕組みをすると黙り込む。
眉根にシワを寄せて考えるのは、デクスターのことだ。
(まさか魔物になっているなんて……予想外だわ)
しかし、魔王に魔物にされてしまったのを、言われた通りにダニング伯爵が呪いだと思い込むのも、無理はない。
なにしろ人間を魔物に変えてしまうなんて、魔王にしか出来ない所業だ。
それがどのような方法を用いてなされたのか、人間には分からないのだから。
「呪いではないとしたら、どんな方法だと思う? お父さまには見当がつく?」
「魔王特有のスキル……かな」
「私もそう思うわ。おそらく、魔王ならば解けるのよ」
「でも魔王は倒してしまったからなあ」
ダニング伯爵もウェンディと同じく、腕組みをして悩み始めた。
これまで、どのように解呪するか一辺倒だったダニング伯爵の思考が、水たまりに投げた石によって広がる波紋のように、四方八方へと巡り始める。
20数年間、打ちのめされ続けてきたダニング伯爵にとって、ここは何としても掴みたい突破口だった。
「デクスターには、作用が及んでいるのを妨害するとか、力が放たれているのを抑えるとか、そういう方向性のポーションが有効かもしれないね」
「ねえ、お父さま、私も勇者さまに会って、状況を確認したいわ。そうすればもっと、力になれるかもしれないもの」
ウェンディは、デクスターの現状を打破する一助になりたかった。
そう思って進言したのだが、顔を曇らせたダニング伯爵の返事はかんばしくなかった。
「しかし、ウェンディはまだ学生だから。せめて錬金術士になってからでも、遅くはないと……」
「だったら、なるわ! 私、学園を1年間で卒業してみせる。そして錬金術士になればいいのでしょう?」
「飛び級するってことかい?」
ウェンディが急いでいるのには訳があった。
早くデクスターに会いたい気持ちも確かにあるが、それだけではないのだ。
ウェンディが2年生になって王女が転入してきたら、乙女ゲームが始まってしまう。
そしてシナリオ通りに進むのならば、その年の卒業式の直前に魔王が復活するのだ。
(その魔王は、レンフィールド王国のどこから現れた? 王女たち討伐パーティ一行は、どこへ向かって旅立った?)
ウェンディは鳥肌が立つ腕をさする。
そして記憶の底を掘り返すように、必死にゲームの内容を思い出す。
(スチルでは、中央に立つ王女を護るように、攻略対象が周りを取り囲んでいた。そして、戦いを目前にした皆は――毛皮つきの冬装備だったはずよ)
デクスターが封印されている北の雪山に行くのなら、そんな姿をするのも納得できる。
(嫌な予感ほど、よく当たると言うじゃない。このままでは、デクスターが魔王になるのだわ。今はまだ魔物だけど、2年後には――)
どうりで、いつまでたってもゲームに登場しないと思った。
ウェンディが最後までプレイしていないから、出会わなかったのだ。
このままではデクスターは続編の魔王となり、最終局面で王女たちの前に立ちはだかる。
(なにが、前作の攻略対象たちがこっそり登場よ。あのゲーム制作会社、何も分かってないわ。デクスターをラスボスにするなんて、私が許すわけないじゃない)
悪役令嬢の役はもう止める。
(シナリオに従う必要は、どこにもないわ。私はデクスターを助ける。絶対に魔王になんてさせない)
そのためにも、錬金術士のウェンディにならなくてはならない。
「お父さま、約束してちょうだい。私が錬金術士になったら、絶対に勇者さまと会わせて」
確固たる決意のもと、ウェンディの飛び級への挑戦は始まるのだった。
◇◆◇
そもそも、鳴り物入りで学園に入学したウェンディだったが、1年間で卒業を目指しているという話を教授陣へ打診すると、さらなる注目を集めた。
2年間しかない学園生活だから、もっと楽しんではどうか、と説得してくる教授もいたが、ウェンディは説得し返す。
「少しでも早く錬金術士になって、父のように、世の中の役に立ちたいのです。そのためには教授の協力が欠かせません。どうかご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」
英雄とも言えるダニング伯爵の娘から、そう言われて頭を下げられてしまっては、教授も発奮するしかなかった。
ただし、勉強ばかりでは学園生活とは言えないとダニング伯爵に諭されて、ウェンディは同級生との交流やクラブ活動にも精を出した。
青春は後からでは取り戻せないというのは、前世で受験勉強ばかりして、遊ぶ時間がなかったウェンディにも理解ができることだ。
だから、後悔しない18歳にしようと、ウェンディは遊びも学びも、一生懸命に取り組んだ。
そうしてウェンディが学生らしい日々を過ごしている間、ダニング伯爵はデクスターの話をかいつまんで教えてくれる。
「デクスターは平民だったから、剣士になるための教育を受けていなくて、当初はとても苦労をしたんだよ」
「聖剣に選ばれた聖剣士というだけでは、勇者としての役目を果たせなかったということ?」
「聖剣は勝手だからね。柄を握る者の潜在能力を見抜いて、最高のパフォーマンスを実現させるのだけど、デクスターは何の訓練も行っていない人間だ。聖剣の力を使ったあとの肉体の疲労は、すさまじかった」
昔を思い出しているのだろう。
ダニング伯爵の瞳は、遠くを見つめる。
「全身の筋肉痛を和らげるために、よくポーションを作ってあげたよ。デクスターと仲良くなったのも、そうした交流があったからなんだ」
「お父さまは勇者さまを親友だと言っていたけど、彼は孤高を愛する寡黙な方ではなかったの?」
「そんな噂があるのかい? デクスターは寡黙というよりはシャイだったね。そして孤高を愛していたわけではなく、王族や貴族の私たちに、話しかけづらかったのだと思うよ」
「そうか、身分の差があるから……」
ゲームの中ではそこまで気にもしなかったが、この世界に生きているウェンディには肌感覚で分かる。
平民が王族や貴族に対して話しかけるのは失礼なことで、場合によっては不敬罪になるのだ。
キャラとして見ていたデクスターと、実際に生きているデクスターでは印象が違う。
だがウェンディは、この世界のデクスターに惹かれ出していた。
「当時、ダニング家はまだ男爵位だったから、デクスターもまだ話しやすかったんじゃないかな? イアン殿下や聖女さまは、もっと雲の上の存在だからね」
「確かに……」
ダニング家は、魔王討伐を成し遂げたことで、男爵位から伯爵位に陞爵されたのだ。
男爵位は貴族の中では下だから、王族や聖女に比べれば感覚的に平民に近い。
ちなみに聖女に選ばれた前作のヒロインは、元子爵令嬢という設定だ。
幼い頃に能力を見出されて長らく聖堂に住まい、信者に傅かれる生活をしていた聖女は、平民からすれば高嶺の花だったろう。
(ゲームの設定だからと納得していたけど、実際のところ、デクスターが聖女と結ばれるのは、かなりの難関だったのね)
ここにきてウェンディは、続編に採用された第二王子攻略ルートが、最も分相応だったのが分かった。
王族は行事のたびに聖堂へ行き、聖女とともに祈りを捧げる。
聖堂に祀られた聖剣が魔王の出現を告げ、勇者としてデクスターを選んだのも、そんな祈りのシーンの最中だった。
そしておそらく、第二王子イアンと聖女シャーリーは、元から行事のたびに会していて、顔見知りだったのだろう。
自然とパーティの中でもよく喋り、心の距離が近づいて恋仲になった。
乙女ゲームの攻略対象としてではなく、普段からの交流があったから結ばれたのだ、とウェンディは想像する。
(ということは、この世界での攻略対象たちの立ち位置って、どうなっていたの?)
ウェンディは気になってしまって、ずばり、ダニング伯爵へ疑問をぶつけた。
「お父さまは、聖女さまのことをどう思っていたの? その……恋愛対象として、考えたりした?」
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