なんでもするから

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 スズの眼前に立ったのは傷男が立ち、ジーンズのベルトを緩めた。恐怖と生理的嫌悪でスズの体が竦む。  抵抗したら殴られるのは確実だ。むしろここで相手を悦ばせれば、痛い思いはしなくて済むかもしれない。そうやって心を殺そうとするのに、浮かんでくるのはやっぱり修一の顔だ。  どうしても下っ端たちに屈したくない。  気づけばスズは、下着ごとジーンズをおろして近づいてくる傷男の手首に飛びつき、思い切り歯を立てていた。 「ぎゃあっ」  思いもよらぬ抵抗に傷男が叫ぶ。だが次の瞬間には別の男に額を無理やり押さえつけられ、腹に蹴りを入れられた。 「がっ……!」 「こいつ、小せぇのに意外と力強いぞ!」 「二人がかりで押さえろ」 「バケモンが!」  周囲が騒然とするなか、苦痛に耐えようとするスズの口元に小倉がスマートフォンを近づけた。画面に映る『通話中』の表示に、スズは目を見開く。 (なんで電話に出たの、修一……?)  スズは小倉の手下だ。裏切り者の電話など無視してしまえばよかったのに。 「ほら、もっと鳴けよ」  バチンと頬に平手の衝撃を受けた。 「っ……!」  必死に声を殺して痛みに耐える。そんなスズの様子を、しゃがみこんだ小倉や周囲の男たちがゲラゲラと嗤う。 「懇願しろよ。助けを呼ばねえとぶち犯されるぞ、ほら」  スズの口元にスマートフォンが寄せられた。 (助けて、修一……)  喉元まで出かかった助けの言葉を飲み込む。もうそんな権利もスズにはないのだ。  今の自分が修一にできるのは、こんなゴミ溜めみたいな汚い場所との縁を、金輪際切ってもらうことだ。 「来ちゃダメ」 『……スズ』  名を呼ぶ声が震えているのは怒っているからだろうか。だが次に聞こえた言葉はスズの想像とは違っていた。 『絶対助ける。待ってろ』 「なんで……! 修一なんか、大っ嫌いだから。来たって嬉しくないから……っ」  せめてもの罪滅ぼしに、修一を危険な場所に引き込むわけにはいかない。それだけが頭を占めていてスズは必死だった。 「ほっといてよ! これ以上こっちに来──」  小倉に思い切り顔を蹴り上げられ、スズは地面にガッと頭から倒れ込んだ。閉じた目の先で火花が散り、遅れて地面の衝撃が脳を強く揺さぶる。 「てめえ! 懇願しろって言っただろうが、役立たず!」  小倉が再びスマートフォンに耳を当てる。 「一時間以内に指定の場所に来い。来なかったら半畜生を犯して殺して、てめえの家の前に死骸をさらす」  小倉は言い捨て、容赦無く通話を切った。 「てめえら、絶対に手ェ出すなよ。こいつをぶち犯すのはあの野郎が来てからだ」  小倉の声が遠のいていく。痛くて、苦しくて、今度こそ死んでしまうかもしれない。 (でも、死んじゃったほうが……迷惑、かからない……)  スズは薄れる意識の中、これが正しいんだと自分に言い聞かせた。
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