能書きが長いんだよ

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能書きが長いんだよ

 顔面に思い切り殴られたような衝撃が来る。遅れて、氷のような感触にびくりと震え上がった。冷たい水を顔にかけられ、無理やり叩き起こされたらしい。  倉庫内は物々しい雰囲気に包まれていた。スズは相変わらずガムテープを後ろ手に巻かれたまま、気を失う前よりも屈強な手下二人に肩を押さえつけられている。  だが半グレたちの意識はスズではなく、倉庫の入り口に向いていた。  入り口の暗がりにざっ、と足音がした。人影がゆらりと動く。半グレたちの緊張が高まった。一歩一歩、歩みを進める男に対して全員が生唾を吞み込む。  倉庫の光に照らされて、影の輪郭が浮かび上がった。 「……修一……っ」  現れた修一を見て、スズは思わず声を絞り出す。来てくれて嬉しい。だけど来て欲しくなかった。  修一は氷の表情をしていながら、背中には燃え滾るほどの熱を背負っていた。 「ちゃんと時間厳守で来れたじゃねえか。そんなにこの猫ちゃんが大事か?」  周囲は「よう、べっぴんさん」や「抱かせろ」など屈辱的な言葉と粗野な指笛で、修一へ冒涜的な野次を飛ばす。 「修一、なんで来ちゃったの……なんで……」 「待ってろ」  鋭い言葉と視線が修一から飛んできて、スズは怯んだ。  小倉が両手をポケットに突っ込んだまま、顎をしゃくる。緊張した部下たちがすかさず修一の両脇を固める。  荒々しく肩を掴まれて、修一はその場に膝をつかされた。そこへ小倉がグッと顔を近づけ、靴底を修一の股座に当て、積年の恨みとばかりに押し付ける。  修一が小倉を睨み上げた。 「んだその反抗的な目は? 抵抗したら半畜生を目の前で犯して殺してやるからな?」  小倉が部下から鋏を受け取った。 「てめえには十年分のお礼、きっちりと返させてもらおうじゃねえか。だが、ハナからてめえのタマ潰したってなんの報復にもならねえ。てめえの大事なモンを一つ一つ潰してから、最後にその一物を切り落としてやるよ」 「能書きが長いんだよ」  修一が氷点下の声で短く返した。小倉は音が聞こえるほど奥歯を噛み締め、修一の頬を横なぶりに殴る。そうして上半身がよろけたところで、後ろ髪を荒々しく掴み上げた。 「顔は後で潰してやる。まずは髪だ」 「あっ……!」  スズが身を乗り出して叫ぶ間も無く、小倉が修一の長髪に鋏を容赦なく入れた。つややかな黒髪が数本はらり舞って、房がぼとりと床へ落ちる。  なぜかスズの胸がどくんと脈打った。切られたのは修一の髪なのに、自分の身を傷つけられたかのような錯覚すら起こる。  だが本人は全く動じる様子もなく、殴られて切れたらしい口内の血を地面に吐き出した。 「修一……!」 「大人しくしてろ!」  ジタバタしようとするスズを、両脇から下っ端たちが押さえつけた。 「おい。指だ」  小倉から命令された男たちが、今度は修一の手をひねり上げる。小倉本人は、今度は鋏をナイフに持ち替え、修一の指にあてがった。 「てめえの指、一本一本肉を削いで骨ぶち折って、二度とままごとできねえようにしてやるよ」  ままごと、という言葉にスズの腑の奥が熱を持った。  修一の仕事は、メイクは、命よりも大切なものなのに。 「だめ……」  どこからか、怒りにも似た力が出てくる。  修一のメイクはスズ自身をも変えた。モデルという道を示したのも彼だ。日の当たる場所に導いてくれたのも。自分じゃない綺麗な自分を写し取ってくれたのも。  未来が折られてしまう。  そう思った瞬間には力が爆発していた。 「うあっ!」  脱臼するほど強く、肩を持っていた手下二人を振り切る。火事場の力に男たちがひっくり返って、その場にいた全員──小倉や修一までもが、スズの突発的な行動に目を剥いた。  場がスローモーションになった気がした。  スズはとにかく必死で修一の元へ走った。自分はどうなってもいい。だが、修一の命より大事な仕事だけは、だめだ。 「指はダメっ!」  その声がきっかけで時間が当倍速に戻ってきた。  予想外の一瞬から真っ先に我に返った修一が、指の肉を削ごうとかがんでいた小倉の鼻面に、頭突きをかます。 「ガッ!?」  のけぞった小倉がバランスを崩し、ドラム缶の列の中に突っ込んだ。派手な音が倉庫内に響き渡る。  修一は緩んだ拘束から逃れてバネのように立ち上がり、両脇の手下に蹴りと肘打ちを叩き込んだ。  そこへスズが飛び込んでいく。胸の中へ。  修一はスズの華奢な体を抱きとめた。 「よくやった」  場が乱闘の騒ぎになりかけたその時、閉じていた倉庫の扉が乱暴に蹴破られた。  そこからなだれ込んできたのは、司と興信所の部下たちだ。
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