謝らないよっ!

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謝らないよっ!

 倉庫の外はすっかり暗くなっていた。夏の夕日が沈み込んで、空が薄暮の濃紺に染まっている。 「病院に行こう」  修一はスズの肩を固く抱きながら病院の方向へ歩こうとした。その腕をスズは振り払い、数歩後ろによろける。 「お、オレ、謝らないよっ! 来ないでっていったのに……なんで来ちゃったの! 馬鹿修一っ!」  叫びが建物に反響した。 「裏切り者のオレなんかほっとけばよかったんだよ! 修一なんか大っ嫌いなのに! 嫌い! 大っ嫌い!」  スズは「嫌い」の言葉を繰り返して、修一のことを本当に嫌いになろうとする。だがその度に心臓が細い紐で引き絞られていくようだった。  修一は、駄々をこねて困った子供を見るように苦笑するだけだ。 「本当に? この前の大嫌いも嘘だったじゃないか?」 「修一だって、今度こそオレを嫌いになったじゃん! 手ひねって『外に出ろ』って! オレを追い出すつもりだったんでしょ!」 「モデル契約の話が出てるのに、間違っても反社会勢力と関わりがあると知られたら全てが白紙になるからだ。絶対に誰にも聞かれない車の中で詳しく事情を聞こうとしたんだ」  修一が手を小さく広げてスズに近づいてくるので、同じ歩数分、離れようとする。 「オレ、修一を裏切った」 「小倉たちに脅されていただけだ」 「だ、だってオレのせいで、しゅ、修一の髪が……指だって、一歩遅かったら……。修一が昔、小倉に傷つけられたのを知った後も、手下だってずっと言い出せなくて……修一の命より大事なメイク道具をいじろうとした」  醜い自分がどうしても受け入れられない。ヘラヘラして、生きるために修一に甘えて、かと思えば小倉の言いなりになって、修一が信じてくれる『綺麗』とは違う自分が。  勝手に体が震えて、スズは自分の腕を抱き込んだ。 「来ないでよ……心も体も、き、汚いから。修一がよごれちゃうからっ……」 「おまえは綺麗だよ」 「汚いよっ!」 「──好きだ」  目を閉じて思い切り叫んだ瞬間、修一が言った。決して大きな声ではなかったのに、力強い単語がスズの石のような冷たい心に一滴を落とし、穿つ。  動けない体が修一の腕に包み込まれて、温もりが全身に伝わってきた。 「あの時は俺も興奮していた。怖がらせたんだな。そのせいでおまえを危険に晒して、本当にお詫びのしようもない。内緒で司におまえのことを調べてもらっていたことも、本当にすまなかった」  じわりと涙が目尻ににじむ。 「俺はいつも自分のことでがんじがらめになっていた。昔のことを引きずって、いくら綺麗と言われてもまた騙されるだけだと、癇癪みたいなものをこじらせていた」  修一が、痛みをこらえるような声で、己の弱い部分を吐き出そうとしてくれている。それが伝わってきてスズは彼の胸に顔を埋めた。修一が強く抱きしめてくれる。 「おまえはいつも俺自身を好きだと言ってくれていたな。本当に愛してくれていた。そんな大切な存在を小倉に潰されてたまるものか」 「でもオレは、修一が思っているオレとは違うよ」  スズはずっと修一に言えなかった自分の汚い部分を、曝け出すことにした。修一が自分の弱い部分を打ち明けてくれた今、こちらも安心して打ち明けることができる。 「オレね、小倉に口とか、手で、いやらしいことばかりさせられてた。本番はまだだったけど、それでもオレ、薄汚れてるんだ。だから、修一の『綺麗』がどうしても信じられなくて……」 「何度だって言うよ。おまえ自身はどこまでも高潔で、綺麗だ」  修一が力強く、スズの後ろめたさを打ち砕いていく。 「愛してる。おまえのことを一生愛し尽くしたい。すみずみまで。体も、心も、時間も」 「それって……」 「恋人になろう」  欲しかった言葉が耳の奥に響く。  ずっと日の当たる場所に行きたいと思っていた。修一と幸せになりたいと願っていた。  修一は本当の自分を打ち明けても、スズを嫌いにならなかった。綺麗だと言い続けてくれた。飼い猫にしたい、ではなく、恋人になりたいと言ってくれた。  目の前で願いが叶って、目からとめどなく涙が溢れてくる。 「好き……!」  たまらず愛おしい恋人を抱きしめた。 「病院なんかやだ。家に帰りたい……!」 「ああ、帰ろう」
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