話、通じてたじゃん!

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話、通じてたじゃん!

 修一の自宅は一階が小さなスタジオになっており、二階を居住スペースにしているようだ。  スタジオには時々人間や獣人がやってきて、修一が彼らの顔をさまざまな道具でメイクしていく。恐らくそれが仕事なのだろう。道具さばきや所作は美しく、スズはガラス戸越しに何度も見惚れたものだ。  そんな修一は最近、スズが定期的にやって来ることを見越して一階で待ってくれていることが多い。今日はシャツとハーフパンツというラフな格好で、ガラス戸越しのスズの姿を見つけると頭を撫でた。 「また来たね」  いつもの言葉を言われた後、スズは変わらず冷房の効いた二階に招かれて、風呂場で毛を丁寧に洗われた。最初こそ敷居をまたぐことを警戒していたのだが、今はふてぶてしくなされるがままになっている。 「おまえは水がいやじゃないのか?」 《うん、ぜんぜん》  その後はカリカリをもらって、修一がベッドに入る時はそばの床で丸くなった。すると修一はベッドから起き上がり、腕をスズのいる床へ伸ばしてきた。 「おいで」  呼ばれたスズはベッドへ飛び上がり、修一にぴっとりとくっついて再び丸くなる。その腹に修一の手が伸び、背中に顔をうずめられた。毛の匂いを深く吸い込む彼の吐息に、スズはくすぐったくなる。 《んっ、修一……今日もいやなことがあったの?》  修一がスズをこうして抱きしめる時は、彼が自分のことを話す合図だ。  女優から言われる『一目惚れしました』という言葉は信用ならない、とか。同業者にオープンゲイがいるが自分はゲイを明かす気が微塵も起きない、とか。現役モデルに「あなたのほうがモデルみたい」と言われて相手を殴り倒しそうになった、とか。  今まで聞かせてくれた話は、修一自身の容姿や恋愛観についてがほとんどだった。 「この前仕事先でさ、プロデューサーがセクハラをしてきやがったんだ。楽屋で二人になった時を狙われて」 《うそ……大丈夫だった!?》 「はは。高校の時だったらタマを潰してたが、過剰防衛になるだろうから横っ面に平手で我慢してやったよ。パーだぞ。俺も甘くなったよな」  修一は夢うつつな口調とともに、スズの首元を優しく撫でる 「こっちが抵抗するなんて思ってなかったみたいで、警察が来た後も俺が自意識過剰だってしらばっくれ続けたんだよ。しまいには『女みたいな顔の男を抱くくらいなら、素直に女を抱くよ』だなんて言いやがって、あの野郎」 《ひどい……!》  修一の言葉の端々には時々不穏な単語が混じるが、スズはそれよりも、大好きな修一を傷つける輩へ憤ることに忙しい。  どうやら修一には、彼自身を好きでもないのに美貌を目当てに近づいてくる男女がたくさんいるようだ。そうやって過去に受けた心の傷の数を想像するだけで、スズは泣きそうになる。 「綺麗だって言い寄られたところで、俺自身を好きになるやつなんかいるわけがねぇんだ」 《そんなことないよ。オレなら修一のありのまま全部、好きになるのに》  修一は本当に綺麗な人だ。出で立ちも、心も体も、生き様も。彼が気にしている些細なことをすべて包み込んであげたい。それと同じように包み込まれたい。優しくされたい。撫でられたい。  このまま獣人の姿をさらしてしまおうか。 「ベッドの上で安らげるのは、おまえといる時だけだよ」  修一がスズの背に顔を埋めたまま深呼吸をして、指先で腹や脇を撫で始めた。 《あ……修一……》  優しい人が触れて撫で回してくる感触に、スズの下半身が重く熱を持ち始めた。 「ふっ……う……」  もしも獣人の姿で、素肌に彼の指が伸びてくれたら。その感触を生々しく想像する。  我慢できなくなったスズは、硬くなりつつある前をゆるく扱き始めた。 「しゅういち……!」  そしてスズは、自分の性器を肉球ではなく五指で触れていることに、やっと気づいた。 (あれ、オレっていつから獣人の姿に戻ってたっけ?)  そう思いながら寝返りを打ったとたん、相手の驚愕の表情が視界に飛び込んできた。 「うおっ!?」 「うにゃぁっ!?」  修一は上半身をガバリと起こし、スズは相手の驚きに驚いて飛び起きる。
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