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「蒼はもう、絵を描くの辞めちゃうの?」
クラスメイトの彩花にそう聞かれたのは、開かれた窓から金木犀の香りと微かな夏の残した熱を帯びる日の教室だった。
「・・・ごめん、幽霊部員が増えるのは部活としてよくなかったよね。退部届を出して正式に辞めるよ。」
「そうじゃないよ、私が聞いてるのは美術部を辞めるかどうかじゃないよ。
蒼はもう描くつもりはないの?」
その問いかけに今の僕は答えることが出来ない。絵を描くのが大好きだ、大好きだけど、辛い。大好きなことが出来るのは幸せなことだけど今の僕は幸せになることが、辛い。
「蒼がつらいなら無理に絵を描くのを続けろとは言わないよ、辛い気持ちのまま描かれる絵は可哀想だから。」
そうだ、今の僕には絵を描く資格はない。
「でも、私は蒼の本当の気持ちが聞きたい、私、蒼の絵大好きだったから。
・・蒼は絵を描くのが嫌いになったの?」
そんな訳ない、絵を描くのを嫌いになんてなったりしない。そんなこと僕も彩花も分かっているはずなのに、その言葉は数多の感情に打ち消されたのか、どうやっても言葉として出ていこうとしなかった。
「・・・私は蒼の答えずっと待ってるから。」
言葉を出せない僕にそう伝えると彩花は教室を出ていった。
自分の描いた絵を大好きだと言ってもらえることが絵を描く者にとってどれだけ幸せな言葉かは知っている。この言葉で胸の奥にある渦巻く感情の中に痛みが生まれた。
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