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「おう、来てくれたのか、ありがとう。」
動かしていた筆を止め、父さんは優しい笑顔で僕にそう言った。
「丁度、今描き終えたんだ、お前に一番に見てほしかったんだよ。俺が描いた絵で一番の出来だ。」
そう言うと父さんは椅子から立ち上がり背中で隠れていたキャンパスの絵が露わになった。
そのキャンバスの中には笑いながらテーブルを囲む母さんと、父さんと、僕の姿、そして僕の隣にはちょうど一人分の空白が残されていた。見ただけで温かさが伝わってきた。
「どうだ、良い絵だろ。これはな俺の人生で見た一番の景色なんだよ。」
「一番の、景色。」ようやく言葉を言葉として出すことが出来た。
「ああ、そうだ、いろんな国に行って、いろんな絶景とか雄大な自然をいっぱい見てきたけど,これより美しいものはなかったよ。こんな美しい景色を見れたんだ、俺は幸せだったよ。」その言葉を聞けて僕も幸せになった。
「父さんは、父さんは絵が描けなくなるのが悲しくなかった?ずっと思ってたんだ、父さんはもっといろんな景色を見て、いろんな絵を描きたかったじゃないかって。」
「確かに絵を描くのは俺の生きがいだったしもっといろんな絵を描きたいとは思った。けど、俺が絵を描くのはお前たちのためだったんだ。」
「僕たちの?」
「そうだよ、最初は自分が楽しいから絵を描いていたんだけど、母さんと出会って、お前が生まれて、俺の絵を見て二人が沢山褒めて、笑ってくれた。気づいたらその笑顔が見たくて絵を描くようになってたんだ。ありがとう、俺に生きがいをくれて、ありがとう。」
「生きがいを貰ってたのは僕も、母さんも同じだよ、だって母さんも、僕も父さんの描く絵大好きだから。」溢れ出る感情に飲み込まれそうになりながらなんとか言葉にして伝える。
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