たぬきさんの変身教室

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 ***  そんなある夜のこと。森の中に、一人の人間が現れた。痩せた人間の男である  森の中といっても、たぬきの村からはやや離れたところであり、人間も通るような整備された散歩道の近くである。そこにトタン屋根の小屋があり、何やら人が時々出入りしているらしいということを僕達はみんな知っていた。最近はちっとも姿を見かけなかったので、その人間は死んだか、あるいは小屋を捨ててどこかにいなくなったとばかり思っていたが。 「なあ、ポン吉、見ろよ」  僕はその人間の後ろをこっそりと尾行しながら、友人に告げる。 「あいつ、今日足取りが軽くないか?」 「言われてみれば……」 「何か、楽しいことをするのかもしれないぞ。ついていって、こっそり覗いてみよう!」  その男、人間でいうところの二十代後半くらい。何やら分厚い黒い鞄を持っている。そして、妙に周囲を警戒している。何か秘密の作業をするつもりなのかもしれない。  僕達はこっそり彼のあとをついていき、小屋の中に侵入した。音もなく移動することも、暗闇を見ることも僕達にとっては朝飯前だ。なんせ、この森に住んでいるたぬきなのだから。  僕達は本棚の影に隠れて、男の様子をうかがった。どこか鼻息荒く、男はぶつぶつと呟いている。 「へへへ……やっと、お宝映像手に入れたぜ。これは、壁の薄いアパートじゃ見られないものだからな。ふふふふふ……」  そして、小屋の中に設置されていたテレビ、そのDVDデッキの中に円盤を入れたのだった。そして始まる映像。なんらかの映画なのだろうか。僕達にはその映像の内容はまったくわからなかった。しかし。 「すげえよポン吉」 「う、うん!」  僕達の心は踊ったのだ。見ている男性の顔は高揚しているし、映像の中の女性も、今まで見たことがないほど楽しそうな顔をしていたのだから。  二人で顔を見合わせて頷きあう。これだ、と思ったのだ。こんな楽しそうな人達なら自分達も変身してみたい。きっと楽しいし、人間社会にも溶け込めるはずだと。 「よし、僕達、コレになってみるぞ!一緒に練習しようじゃないか、ポン吉!」  さて。  ここに読者諸兄に、教訓としてお伝えしておかなければいけないことがある。  僕達はこっそり練習をして、留学本番でその成果を披露してみんなを驚かせようと考えたのだった。自分達の変身がこんなにも上達していたのだ、とぶっつけ本番で見せて、馬鹿にしてきていた先生や生徒たちを見返してやろうと。  だがしかし。知識がろくにないものに、突然なろうとすると事故が起きるものだ。基本的にドッキリやサプライズ、の類は見せる相手許可を得てからやるべきである。ましてや、子供がやることなすこと大人の許可がいるというのも、ちゃんと理由があることなのだ。  ああ、僕達もそうするべきだった。いくら何も知らなかったからといって! 「きゃあああああああああああああああああああああああああああああ!?」 「う、うわあああああああああああ!?」 「お、お前たち!そこで何をしてるんだ!?」 「え、エエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!?」  アダルトビデオに出てくる全裸のお姉さんと、それに興奮するオタクなお兄さん。そんなものに、大都会の駅前で変身して何も起きないなんてはずはなかった。  僕達は現れたおまわりさん達から、必死こいて逃げまどうことになるのである。  すべてを知ったのは、たぬきの姿に戻って息も絶え絶えで森に戻ってきてから。  校長先生たちの凄まじい雷が落ちたのは、言うまでもないことである。
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