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第33幕第2場「帰国」
――家族ではなく、ただの友達でもない。
"親友"と呼ぶにはあまりに頼りない、彼はそんな、特別な存在。
「――最後にもう一度訊こう、サイマン君」
そう呼び止められて、サイマンは列車のステップの上で振り返った。
見送りに来たシェリが、ホームの上から見上げていた。汽笛の音が天高く響く。
彼に何を訊かれるだろう。その内容を、彼の目を見た途端に察していた気がする。陽のような眼差しをまっすぐに向けて、彼は、あの問いを再び口にした。
「本当に君は、ベルントリクスの研究者になるのか? "明けの明星"君……」
以前そう問われた時、サイマンは彼を酷く鬱陶しく思った。けれど今は、自分でも不思議なほどに、その言葉が吸い込まれるように胸に落ちてくる。
いつかの、風に吹き散らされる銀杏の香りが蘇る。傷を負った友人を市壁の街に残して、あの時は気も漫ろだった。
もはや何を迷う必要もなかった。答えを疑うこともなく、サイマンは気がついたら首を縦に振っていた。
「……はい」
「それが君の意志なのか?」
「ベルントリクスでないと意味がありません。あの街にグノーズがいる限り、オレもそこへ行きます」
それは自分で決めたからだ。ベルントリクスへ通じるこの道を、きっと友人へ通じているこの道を、自分が選んだのだ。
だからいくら誘われても、ローレンシアに行くことはない。
そうサイマンが答えると、シェリは瞼を伏せた。彼の口元には微笑が浮かんでいた。
「……わかった。私はもう君から手を引こう。君は自分の思う通りに振舞いたまえ」
勧誘を諦めたというのに、その表情はとても満足そうだった。
それ以上の言葉はなかった。折り畳みの扉をシェリが向こうから引く。同じ扉を、サイマンは内側から押し閉めた。
列車が動く。"彼"のいるあの街へ――ベルントリクスへ向けて。
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