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彼は自分が何を言っているのか、わかっているのだろうか。サイマンは眉尻を下げて、浅い溜め息をついた。
「……ローレンスさんとか、心配してるだろ。お前のこと」
「え~? あの人はあれだろ? ほら、面倒見のいい人ってさ、結構、面倒見る相手がいないと自分が不安ていうか――いつも誰かを心配してる自分が好き、みたいな? 亡くなった奥さんの代わりだよ、俺のことは」
お手玉を宙に放るような気軽さで、高めた声をひょいと放り上げて。華奢な手首の覗く袖をするりと伸ばしてマグカップを取り直し、彼は笑顔のままそれを唇に押し当てた。
ひとつの翳が落ちたのを、サイマンは胸に感じた。身を案じてくれる人がそばにいなかったあいだに、彼は他人の心の中に居場所を持つ感覚を忘れてしまったのかもしれない。
「……いつも誰かを心配してる自分が好き、っぽく見えるか、オレ?」
それは思い切った問いだった。サイマンは真剣な顔でそう尋ねていた。
グノーズは唖然としていた。右手で横髪を弄る落ち着きない素振りを見せる。年下の友人の真摯な眼差しから濡如とした瞳を逸らす仕草は、彼の麗容にあどけない印象を与えた。
その純粋性は、彼自身を脅かす。彼は楽園の果実みたいなもので、誰の目にも触れるところに、おまけに腕を伸ばせば届く高さに生っているものだから、見る者のほうが自力で胸騒ぎを鎮めないことには彼は無事では済まされないのだった。
「怒った? そんなつもりじゃないんだけど」
「いや、まあローレンスさんがそう見えるんだったら、それはそれとして……オレが、どう見えてるのかって訊いてるんだ」
グノーズの瞳に一瞬だけ寂寥の色が浮かんだような気がした。しかし、まるで身を隠すようにすぐ、ふにゃふにゃと表情を緩める。
「違う違う――"変なの"って、イフェニスだったら言うかも」
「何が」
彼はうぅんと喉元で唸って、イフェニスの真似でもするようにして首を傾げた。マグカップを卓上に戻し、胸の前で両手をふわりと返す。水が湧き出る様を表現するような身振りだ。
「よくわかんないや。可笑しいんじゃないんだけど、楽しいんでもなくって」
口尻を上げて照れ笑いを浮かべながら、彼はまた髪を弄っていた。サイマンはそれ以上食い下がれずに、呆然と見つめた――――彼が、少しだけ嬉しそうに見えたからである。
「まっ、いいや。食べよ食べよ~。サイマン、それ美味しい?」
グノーズは無邪気に笑って、トーストを再び手にしてサイマンにも食事を勧めた。少々間誤付きながら、サイマンは友人お手製の記念すべきスクランブルエッグをフォークの先で突付いた。
「ああ、うん。美味しい……」
「そーぉ? よかった!」
「……あのさ、グノーズ」
「ん~?」
「自分のためだけだったら、今こうしてないからな、言っとくけど」
低く零すように言って、サイマンはスクランブルエッグをぱくりと口に入れた。不貞腐れたようにも聞こえたその言葉に、グノーズは少しのあいだ考えあぐねたように見えた。
「あんがとな、サイマン。……あ、そうか。ありがとか。そういう感じ――嬉しいんだよ、笑ってるけど」
とうに諦めていた感情を反芻して、取り戻した情動が己の内にあることを確かめるかのように、彼はそう言った。その様はまるで、喉から発せられる声を面白がって自己完結的に遊んでいる、まだ言葉を知らない幼子のようだった。
失われたものの"代わり"でしかないと自称する彼は、いったい何を思って笑っているのだろう。そう考え始めると、サイマンはこの研究都市の中で彼を独りにするのが、とてつもなく不快で不安に感じた。
四月から――そう、いよいよ研究員になると同時に、サイマンにも居住区にひとつ住居を与えられる。自室は物置にしておいて、これからも彼の部屋にいたって構いはしないのだが、それは周囲から見て不自然だろう。伯爵家の家督を継ぐサイマンがグノーズのそばにいることで、彼に対する縛り付けが厳しくなりでもしたら元の木阿弥である。
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