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部屋の隅で膝を抱えて落ち込む望桃を慰めること十分ほど。ようやく復活した望桃を元の位置に座らせて、話はいよいよ本題へ移った。
「それで呪われたってどういうこと?」
「実は昨日、変な手紙が届いたのよ。中を確認したら一枚の手紙と写真が入っていたの」
開封された封筒を賢治の前に置いて、望桃は昨日の出来事を細部まで伝えた。
写真から抜け出た悪霊らしきものに付きまとわれてること。さらにはお祓いを試したが効果がなかったことも伝えた。
「差出人不明の手紙か。それで、その“問題の写真”はどこにあるの?」
封筒を逆さにしながら中を覗き込み、手紙を片手に持ったまま賢治は首を捻る。中に入っていた写真を確認したいようだが、それは望桃の手で阻止されていた。
「写真が今回の呪い発動の鍵になるみたい。写真を見た人から人へ移って行くようよ」
実際、執事の西原が一度見聞したが、その後は望桃の手に渡り、望桃が写真を見たことで呪いが移った。
西原は本当に解呪されたのか?という問いにそう断言したのは、西原自身が“霊の存在を感じとれる力”を有しているからに他ならない。
望桃が写真を見た瞬間、自分へと向いていた視線が離れたことを感じたから間違いないらしい。
「つまり、呪いが移るから僕には見せないってこと?」
「えぇ」
「水臭いなぁ。親友なのに」
「親友だからこそ、よ。あなたを犠牲にして自分だけ助かったって、そのあとの人生、どうあったって自分を許せるわけないわ。きっと、あなたの後を追うことになるでしょうね」
手紙の内容を確認して何か感じることがないか改めて問うが、特に賢治は感じるものはなかったのか首を振って返した。
「その悪霊をどうにかして呪いを解くことはできないの?そいつは今は何してるの?」
「ふむ……。なるほどね……」
「ん?」
姿を見せたという悪霊は今どうしているのかと聞かれ、望桃は少し考える素振りを見せるとゆっくりと賢治の後ろを指差した。
「あなたのうしろにいるわ」
「え……」
その目はしっかりと閉じられた扉を見つめている。突然の言葉に言葉を失った賢治は、恐る恐るその視線を追うように賢治はゆっくりと振り返った。
しかし、そこには今し方出入りした扉があるだけだ。いつも感じる霊の気配も感じない。
「……そこにいるの?」
「えぇ。扉の向こうに立ってるわよ。貴方が出入りする僅かな時間に姿が見えていたもの」
「っ……」
扉の開閉する間に向こう側に見えていたという望桃の言葉に賢治は思わず息を呑む。ということは自分はその脇を二度に渡って通り過ぎたというのか。
姿が視えない霊なんて今まで出会ったこともなかった。それとも意識していないから視えないのか。
「い、いやありえないだろ。“僕の目”は意識しようがしまいが関係なく《 人ならざるもの 》を捉えるんだ。たとえ、相手がいくら姿を隠しても暴きあげることができる。それこそ、灰塚が持つ〈 照魔鏡 〉のようにさ。その気になれば、無理やり目の前に引きずり出すこともできるんだよ?」
「つまり、これは一種の契約のようなものね。呪う相手の前だけに限定的に姿を表すようになっているのでしょう」
「そんなことできるの?」
「できるわ。むしろ、そうすることで他からの介入を防ぐ狙いがあるのでしょう。あなたのように神様からの強い霊力を授かった人の助力とかね」
「そこまで複雑にする必要ある?」
「“呪い”とは複雑なものよ。一つの綻びで意外と簡単に解呪できてしまうから、より条件を複雑にして効果を高めているのでしょう。それこそ、相手を呪い殺せるほどの力を宿すために。この呪いを作った人は相当、相手を恨んでいたのでしょうね」
「それにしても困ったわね」と望桃は封筒を眺めて小さくため息を吐く。賢治にヒントをもらおうと思ったが、そもそも見えないのならヒントも何もない。
どうしたものかと考え込んでいると、賢治は望桃の手からヒョイと封筒をかっさらって隣のノアへと手渡した。
「賢治?」
「霊が視えないなら、別の視点で試そう。この子の眼なら、手紙に残る残留思念から何か分かるかもしれない」
『うわー……。なんか知らぬ間に巻き込まれたぁ……』
「そうか。この子の眼にもまた不思議な力が宿ってたわね。お願いノア。力を貸してちょうだい」
『まぁ、お姉さんがいなくなっちゃうのは嫌だし、いいよ!今度甘い物をお供えしてね!』
「もちろんよ」
二人で固く握手を交わすと、早速ノアは霊視を始めた。手渡された封筒を膝に乗せて意識を集中する。
しばらく見つめていたノアは顔を上げると、雪が積った窓の外を指差し『繋がった』と呟いた。
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