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「私には殺したいほど憎い相手がいました」
「殺したいほど、ですか。それはまた穏やかではありませんね。お相手はどなたですか?」
「兄姉です」
「あぁ……なるほど」
何が理由でそうなったのか、それは家庭の事情であるから深入りはしない。
彼女の性格と兄姉の性格とそこから生まれる関係を考えれば理由など容易く想像できるだろう。それ以上、プライベートなことに首を突っ込んでも意味は無い。
今、優先すべきは他にあるのだ。
「事情は分かりました。しかし、その方法は最悪と言ってもいいものです。法では裁けない手段を取って、相手に害をなそうというのですから。相応の覚悟はしてください」
「……覚悟とはなんでしょう?あなたも言った通り、私のしたことに法的罰則は何もありませんが」
“誰も私を裁けないんです”と、歩美は少し視線を下ろし橋の下を見る。その、もの悲しさを浮かべた横顔に望桃はもちろん、あとの二人も歩美の心を感じた。
一時の気の迷いとはいえ、誰かを呪い殺そうとしたこと。それによる罪悪感は深い棘となって、歩美の心に突き刺さり今も痛みを与えているのだ。
『自殺しようとしていた』という言葉も、そうした贖罪の気持ちからくるものだったのだろう。
「ふっ……うふふふっ!あはは……!」
「え?な、なんですか?」
そんな気持ちを察した望桃だが、その顔には思わず笑みが浮かんでいた。
同情されるかと正直なところ考えていた歩美は、その望桃の嘲笑にも似た笑い声に思わずムッとしてしまう。
しかし、次の言葉に歩美の背筋は一気に凍りついた。
「あなた、勘違いしているわ。最悪といったのは、“あなたにこれから降りかかるであろうこと”を指して言ったのよ。そんな悪手を使わなければ、法で裁かれる程度で済んだというのに……。これからのあなたの人生を思うと、そうね……その点に関しては少しばかり同情してしまうわね」
「歩美さん。〈 この世ならざるもの 〉を甘く見すぎですよ」
「え?」
望桃の横で黙していた賢治が少し不機嫌そうにいうと、つかつかと歩美の前に歩み寄りその手をとる。
「いいですか?下を見て」
「下……?」
そのまま、橋の下を覗くようにいうので欄干の隙間から下を覗いてみると……そこには……
『オ゛オォォーーイイィィ…………!!!』
『こっちこっちいいぃ……!!』
『おいでえぇーー!!おいでよおぉーー!!』
「ひいっ!?」
たくさんの死霊たちが橋の上から覗いた歩美に向けて、両手でもって手招きしていた……。
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