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「……ふぅ」 橋から空を見上げれば、眩い月と共にキラキラと星とは違う光の粒子が見えた。 硝子片が風で天へと舞い、月明かりに反射しているようにも見える。 「とりあえず、ここに縛られた霊たちは解放できたわね。さて……」 少女は手すりから身を離すと、橋の真ん中へと歩みを進める。 橋の真ん中に立つと橋のたもとに目を向けて、札と大幣を手に目を細めた。 『 待て……待て待て…… 』 「“アナタ”がこの場所で悪さをしてる悪霊で間違いないかしら?」 ー ベチャッ! 少女が声をかけた瞬間、ズルリ……とヘドロのようなものが滑り落ちて地面に落ちた音が響く。 見ると、橋の近くにあった『地蔵』の影から何か得体の知れない黒い影が這い出てきていた。 それは人のような獣のような、得体の知れない形をしていて見るものに恐れを感じさせる。 『 待て待て待て待て待て待て…… 』 得体の知れない黒い影。化け物と呼ぶに相応しいそれは少女の姿を目にした瞬間、大きな口を開けて『待て待て待て……』と同じ言葉を叫び始めた。 「待て、ね……」 『 待て待て待て待て…… 』 待て待て待て待てと繰り返しながら、化け物はじわりじわりと少女へと近付いてくる。 対して、少女は臆することもなく不敵な笑みを浮かべ、仁王立ちで化け物を待ち構えていた。 「さて、まず話しておかなければならないわね。ここは有名な観光名所の一つ。景色が綺麗で有名な場所なの。近くに見える山々と合わせて絶景スポットと言われてる」 『待て待て待て待て……』 「四季によって橋を囲う山々はその色を変え、観光客の目を楽しませている人気スポットなのよ」 橋を照らす外灯に照らされ、少女は誰に語るでもなくつらつらと語り始める。 「でも、そんな場所も夜になると一変する」 『待て待て……』 「実はこの場所はオカルトマニアにも有名な心霊スポットでもあるの。人が飛び降りる姿が目撃されるとか、写真を撮ると橋下から伸びる無数の手が移るとか、近くの公衆電話ボックスの中で女が立っているとか……声とか音とか姿とか、とにかく噂の絶えない場所でもあるの」 『待て待て待て待て……』 「それもそのはず。すぐ近くに自殺の名所があるの。その名を“赤橋”と言われている場所よ。噂が立って当然でしょうね」 『待て待て待て待て……』 「でも、一つだけおかしな点がある。それが何かわかる?」 『待て待て待て待て……』 少女が話している間に、化け物はじわりじわりと近付き、目の前にまで迫っていた。 伸ばされた腕らしき影が、少女の目と鼻の先にまで近付いている。 それでも、少女は怯えた様子もなく真っ直ぐに前を見つめていた。 「赤橋は震災の際に、かけられた山が崩れて谷へ落ちたのよ。今は無惨なその残骸だけが、残されている状態なの。つまり、自殺の名所だった現場はということよ」 『待て待て待て待て……まっ!?』 化け物が少女に触れようとした瞬間だった。 突然、化け物はピタリと動きを止める。 『 ま゛てまま゛あぁぁーー!! 』 いくら身動ぎをしようとも、全身の縛りは解けない。 指一本動かすこともできず、化け物は叫びをあげるばかりであった。 「そうそう。落ちた橋のたもとには、〈 待て待て地蔵 〉というものがあったの。自殺者の絶えない橋で、抑止と鎮魂を込めて地元の人たちが設置した地蔵らしいわ」 『 ま゛ぁま゛あぁ…… 』 「それでも飛び降りは続いたそうよ。何故かしら?」 『待゛あぁて……』 「そう。答えは簡単……」 そっと呟いた少女は、動けなくなった化け物の肩口に大幣をそっと添えた。 ビクリと化け物の身体が跳ねる。 『ま゛って!』 「アナタがでしょう?」 『待ってええぇぇーー……!』 「問答無用。人に仇なす悪霊よ!灰となって消えなさい!」 ー ズバッ!! 『 ぎぃやああぁぁーー…… 』 少女は大幣を肩口から一気に振り抜くと、化け物は刀で切り裂いたように真っ二つになる。 そのまま切り口から、燃え上がると灰となって消えてしまった……。
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