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班ごとに分かれてから、γ班長の松永茂が告げた。日色は硬直した。――まずい、持ってない。
「えと…隠語とかじゃなくて…?」
「俺らが今着てる、一般的なスーツだ。逆にそれ以外あるのか?」
「や、えっと…その、あたしスーツ持ってなくて…」
「は?スーツがない?」
「すみません…スーツなんて要ると思わなくて…」
「制服で捜査なんてしたら、警戒されるに決まってる。先輩から噂とかで聞かなかったのか?」
「ちょっと坂本、言い方――」
「いえ、すみません…」
古市と同期の局員・坂本霧雨が厳しい口調で言う。班長の松永や、副班長の女性・乃木栞も何か言いたげにじっと見つめている。どうしよう、初日からとんでもないミスをしてしまった――焦る日色だったが、思いがけず光が差し込んだ。それは、先程話したあの二人によるものであった。
「…仕方ない、日色は今日はデスクで――」
「松永班長、待ってください!…僕に、案があります。」
「案?」
「古市、いくら一級とはいえ新人を鍛えるのは必要で…」
「ええ、分かってます。ただ、彼女は修道学園の出です。スーツの文化はそもそもなかったようですし、去年は色々とあったせいで訓練校のプログラムにもかなり影響があって、それどころじゃなかったんだと思います。それに、スーツなら宛てがあるじゃないですか。ね、雪野さん。」
「ええ。」
「雪野?」
雪野はロッカールームに入り、暫くしてからキャリーケースを手に戻ってきた。彼女はそれを目の前で広げ、日色に見せてくれた。それは、ストライプの入った紺色のスーツで。
「じゃん、ちょうど一着スーツがあるんです!高等部の入学式用に親が買ってくれたんですけど、私スカートは嫌いなので…体格もそう変わらなそうですし、きっと似合いますよ!ねっ、古市さん!」
「雪野さん、流石ですね…」
「古市…いつの間に、そんな情報を…」
「去年の5月頃、雪野さんの“記憶”を見せてもらった時見えたんですよ。ほら、“夜の街”の一件。」
「ああ、あの時ね。それならちょうど良いわね、日色ちゃん。貰っときな、ユキちゃんこう見えて可愛い服とか苦手なの。」
「そうなんですか?…あ、じゃあ…ありがとうございます。」
日色は雪野からスーツを受け取った。雪野と、ポニーテールの女性局員・安藤千景が、日色の背中を押してロッカールームへと移動する。
「ほら、どいたどいた!これから着替えだから、男性陣は入ってこないでくださいね!」
「レッツゴー、です!」
勢いよく扉が閉められ、男性たちは押し出された。残された古市たちは、暫く呆然としていた。その目線は、古市に集まっている。
「…ええと…これ、僕が悪いんですか…?」
「甘やかすな、古市!オマエには教育係を任せた筈だが…?」
「ええ…でも訓練校時代は給料なんて出ませんし、新人は大体お金の余裕なんてないじゃないですか。学費だって安くないし。」
「言われてみればそうだな…」
乃木も相槌を打つ。他の先輩たちも皆、考え込んでいる。そんな中、古市は「それに、」と再び話し始める。
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