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「さっき彼女の“記憶”を覗いたんですが…彼女、ちょっと訳アリみたいで。」
「と、いうと?」
「――彼女、孤児院を抜け出して訓練校に入ったみたいなんです。その際にも一悶着あったようで…とにかく、ある意味貴重な人材ですよ。」
古市は告げる。その言葉の意味を聞こうと、坂本が何かを言いかける。それと同時に佐倉が電話に出て、何かをメモし始めた。佐倉は、γ班を見ていた。
「はい、捜査一課佐倉です。…はい、はい……分かりました、今向かわせます。――急な案件が入った、立てこもり事件だと。γでやってくれんか?」
「承知しました。…ちょうど良い。古市、坂本、それから日色。オマエら三人に任せたい。」
「松永さん、まさかコレを日色の初仕事に…?」
指名された坂本は指摘する。古市の相棒といえば坂本、と多くの者が捉えている(筆頭は佐倉である)ため、坂本が指名されるのは当然である。しかし、今日入ったばかりの新人をいきなり指名するとは、何の狙いがあるのだろうか。坂本は上司相手に臆さず、睨みつけた。「そう怖い顔すんなよー」などと佐倉は豪快に笑う。
「良いじゃねェか!古市はこういう凶悪事件程実力を発揮する。対話の上手さ、そして情報認識の速さと正確さ。それが、古市の強さだ。坂本のアシストの的確さも彼には必要だし、オマエら二人がいりゃ大体の事件は早く解決する。その連携っぷりを、日色にも見せてやってくれ。」
「わ、かりました…!」
「…ウッス」
古市と坂本は、それぞれ返事をする。資料を受け取ると彼らは仕度を始め、後輩が戻ってくるのを待っていた。
「ええっ、立てこもりですか!?」
「うるさっ」
現場へ向かうパトカーの中で、資料を見せられた日色は思わず声を上げた。運転席にいる坂本は反応した。
「初仕事…なんですよね?それが、こんな……」
「あーうん、言いたいことは分かるよ。ね、坂本。」
「それもそうだが、オマエ教育係だろ。新人の隣居なくて良いのか。」
「だって坂本突っ走るじゃん。監視だよかんしー」
(オマエが言うなよ)
坂本は独り言ちる。助手席にいる同僚で上官のこの男は、仕事はできるがすぐ無茶をする。そんな同期と訳アリ新人、その両方を止められるのは自分しかいない――そんなことを考えていた。
坂本が大真面目に心配している一方で、新人・日色にもある懸念点があった。
(さっき佐倉課長が言ってたこと――古市さん、情報認識が早いのは本当なのかも。あたし、名乗った記憶ないもん。いや、昔のこととか色々伝わってんだろうけど…捜査一課、それも同じγ班に入るのがあたしだって、いつ気づいたんだろ?)
つい先程、彼女は気がついたのだ。――エレベーターホールで古市と会ってから、一度も名乗っていない。それなのに、「捜査一課の新人・日色春香」だと彼は知っていた。証明写真だけじゃ顔など覚えていられない筈なのに。だから、彼女は聞くことにした。
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