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第40話 二年生
四月、僕らは高校二年生になった。
昔から転校は多かったけれど、まあ、小学校のころからそれなりには勉強をやっていた。
転校先によっては受け入れてくれないこともあったけれど、学力の高い所の方が比較的モラルも高いという父や母の教えを信じて、小学校、中学校と勉強で躓くことは無かった。人間関係はともかくね。
その貯金が高校一年生での渚との日々を支えてくれた。成績を落とすこともなく、ちゃんと線引きできたのはそれまでの勉強の習慣のおかげだった。
そして始業式の今日、渚と待ち合わせをして駅から学校までやってきた。
登校中に見知った顔も居て挨拶をする。
連れ立って歩く仲間が増える。
向かう先は今日だけ屋外に設置されたボード。
貼り出されたクラス分けの表を確認すると、2-Aの中に瀬川 太一と鈴代 渚の名前が確認できる。ついでに親しい友達の名前も確認する。中には心配していた人の名前や意外な人物の名前を見つけて、その度に渚と顔を見合わせる。
ほとんどのクラスメイトは顔触れが変わらない。というのも、二年までの進学コースの生徒は成績が落ちない限りは、そして他のクラスからの希望者さえなければクラスが変わることがないからだ。なのでほとんどのクラスメイトはそのままだった。
親しい友達とワイワイ話しながら二年の昇降口へ。
初めて使う下駄箱にローファーを入れ、上靴に履き替える。
二年の教室は南校舎の東棟になる。2-Aの教室は四階。昇降口からはそこそこ遠い。
教室へ入ると既に登校していたクラスメイトと挨拶する。
去年の僕からは考えられない。去年の今頃、僕は自分に全く自信がなく、カースト底辺の陰キャだと信じていたからだ。まあ、今そんなに自信があるかと言うと、せいぜいマイナスからようやくプラマイゼロへとやってこれたというだけのものではあったのだが。
「よ! 初日から夫婦仲良くご出勤か!」
声を掛けてきた田代 洋一に僕らは二人で挨拶を返す。
田代は口の悪いエロネタ好きの悪友だ。
こいつはこれで手まめなノート取りが得意だからまあ、居るだろうとは思っていた。
そして相棒とも言える山崎 光も傍に居る。
「渡辺さんと同じクラスでよかったー」
山崎も一夜漬け気味ではあるが、勉強はそこそこできる。
テスト前になると数学を聞かれたりはするが、まあ、心配は無かった。
「鈴代さんおはよ! 瀬川くんと相変わらずラブラブだねぇ。ムフフ」
教室で皆と話しているひときわ背の高い女子が山崎の想い人の渡辺 美月さん。渚のバレーボールの師匠。スタイルもいいし、愛嬌もある。一年のときからバレー部で活躍していたため運動部で一番人気だそうだ。ただ、残念なことに噂では恋愛にはあまり興味がないとか。がんばれ山崎。
「瀬川も鈴代ちゃんも似たもの夫婦ってやつだしな。そりゃ仲がいいよ」
その渡辺さんと話をしていたのが皆川 蓮音さん。含みのある言葉を投げかけてくる彼女は僕と渚の進展具合を知ってる演劇部の女子。ちっちゃくて可愛らしい感じなのに男子っぽい喋りでイメージが狂う。そして演劇部とはいろいろあったが、皆川さんを始めとしたクラスの演劇部員だけは割と信用できた。
「渚、今日くらいは瀬川に独り占め、されないわよね?」
一緒に教室に入ってきた渚の昔からの大親友、鈴音ちゃんこと渋谷 鈴音ちゃんが席に着きながら渚に声を掛ける。水泳部所属の小柄な彼女は渚と似た丸っこいショートヘアだけど、日焼けした肌が特徴。少々僕には当たりが強い。
「みんなでカラオケでも行かない? 鈴音が鈴代さんは来ないかもって言ってたけど」
渚が了承すると、その活発な女子はすぐに別のクラスメイトを声を掛けに行く。宮地 澄香さんはクラスのムードメーカー的存在。今日はまとめてるが、外ハネの肩くらいまでの髪とよく通る声の明るい女子。
「あら、瀬川くんも行くのね。珍しい。私も久しぶりにカラオケ行こうかしら」
宮地さんに並ぶクラス……というより学年のカリスマ的存在、新崎 麻衣さん。地元の名士の生まれにして美貌も頭脳も運動神経も持ち合わせるパーフェクト女子。本来なら僕なんか相手にしないような存在が、何故かクラスでも親しい友達になっていた。
「太一! あたしもあたしもー」
この、人のことを馴れ馴れしく呼び捨てに――しかも恋人を差し置いて名前の方を!――してくるのは笹島 七虹香。渚の叔従母の義理の娘に当たるため、やたら僕たちには馴れ馴れしい。ただ、こいつは僕に他人と気兼ねなく話すと言う経験をさせてくれた。おかげで今の僕は喋ることにモヤモヤせず過ごせるようになった。
「七虹香って呼んでよ、ぶっきらぼう! ツインテは嫌だって言うから髪型変えてきたのに!」
うん。ツーテールは正面からの表面積が広いから苦手。威嚇されてる気分になる。
笹島は後頭部にピンクの差し色の入ったゆるふわお団子ヘアになっていた。サイドに垂れたウェーブがかった髪が男ウケしそうだ。
「よ、よお」
少し照れながら僕たちに声を掛けてくるのは三村 佳苗。彼女は一年のときに演劇部の悪い先輩にいいように扱われ、傷を負った。学力も落ち、悩んでいたのに僕を救い、そして渚に救われた。学年末の試験ではかなり挽回できたと聞いていたが、無事に2-Aに残れたようだ。
「佳苗ちゃん、よかったね! よかったね!」
渚が三村の手を取って喜ぶ。
「……うん、ありがと渚」
僕は挨拶をした後は知らない顔で他の友達と話す。
聞いてる風に装ったり反応したりすると、天邪鬼な三村は素直に話さないからな。
渚たちとだけの時は素直だし女の子らしいと言っていたので僕には余程の不満があるようだ。そして笹島、三村と三人セットの女子の三人目、萌木 夏乃子も2-Aに居るようだった。
「私もありがとぉ、渚ぁ!」
涙目で渚に抱きついてくるのは姫野 朋美。彼女は一般コースから進学コースを志望した。そして2-Bではなく2-Aに入れたと言うことは、もともとそれなりの学力があったのだろう。見た目の可愛らしさだけでなく、ちゃんと実力を伴ったハイカーストだったようだ。
「あら、姫野さんも同じクラスなのですね。おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます山咲さま……」
姫野がちょっとビビってる相手は山咲 琴音さん。おっとりとしたお嬢様だが、何を考えているかわからない要注意人物。ただ、困ったときはとても頼りになるので無下にはできない。というか、無下にしても上手に躱されて下手をすると絡めとられる。
「澄香、私は欠席でお願いします」
ふらりと僕の背後から現れたのは奥村 百合さん。いや、いつから居たの!?――なんて驚くが、ときどき気付かないうちに近くに居ることが多い。そして何故か渚が彼女の事は明らかに黙認しているところが怖い。弱みを握られてるわけじゃないよね?――と聞いたこともあるけれど、――そんなことはないよ――と渚は返していた。
「えっ、百合来ないの!?」
「やっぱり男性の居る狭い部屋ではちょっと……」
「瀬川くんもいらっしゃいますよ?」
「うぐっ……せ、瀬川くんは関係ありません」
「はぁ、仕方がありませんね。二人でお茶でも飲みに行きましょう」
「うん、ありがと琴音」
山咲さんと奥村さんはとても仲がいい。どちらかというと山咲さんが奥村さんを面倒見よく世話を焼いていると言った感じだった。下校時のお迎えの早い山咲さんはよく奥村さんと放課後を共にしている。
「瀬川、おはよう」
幸せそうな穏やかな顔で遅れてやってきたのは相馬 俊和。彼とは入学式以来の友達で、渚と付き合えるきっかけをくれた人物。文化祭では僕をやきもきさせてくれたが、根がいいやつなので付き合いも長くなったし、いろいろ相談できるのは同性では相馬だけだ。
そして相馬の幸せそうな顔の理由。隣にちょこんと立っているのがノノちゃんこと野々村 和美さん。彼女の名前が2-Aにあったときは驚いた。いつの間に!――って渚と話してたけど、相馬と一緒に勉強を頑張ったに違いない。そして恋人と同じクラスになれたんだ。幸せも溢れ出るってものだ。
相馬が後ろの席に座る。入学したときと同じあいうえお順。そして渚も僕の隣に。渚の前は鈴音ちゃんが座る。一応、男女交互の列になっているが、最後の方は女子が多いため女子ばかりの列になる。今年は男子が一人減ったようだったのでさらに差が付いた。廊下側から並べると、窓側の後ろの方はほぼ女子になる。
いい加減、男女混合で並ぶのもありだとは思う。そうなると渚は前の席になる。それはそれでいいかもしれない。
クラスの中に何人かは見慣れない顔ぶれも居たが、かつての1-Aの親しかった連中は無事、2-Aに進学できたようでホッとする。
やがて担任がやってきて、みんなに進級おめでとうと。もちろんこの担任も変わってない。進学コースの担任は責任重大だからだろうか。比較的生徒に人気もあり物分かりのいい先生が付いてくれていたし、大学の情報や選び方、受験を見越した勉強も教えてくれていた。
◇◇◇◇◇
退屈な始業式を終えると再び教室に戻ってくる。
「まあ、見知った顔ぶれだ。一年と同じじゃ詰まらないだろうからクラス委員だけ決めたら席替えをするか」
ええ……僕としてはこのまま渚の隣がいいのに。
不満を示そうとするけれど、他の皆は乗り気だった。
「(このままの方がいいのにね)」
――と、隣の渚が笑顔で囁きかけてくる。
「(そうだね)」
渚も同じ気持ちなだけで僕には嬉しかった。
担任は必要事項や入学式の日程なんかを簡単に説明したあと、クラス委員を決めることに。
「――というわけだが、立候補が無いならまた星川に――」
「ハイハイハイ! 僕、立候補します」
――と、勢いよく手を上げた男子。
「相馬、あれ誰だっけ?」
顔ぶれがほとんど同じだと、担任も自己紹介とか省略するので困る。
「黒葛川かな。元1-Eだけど学年順位一桁とか言う」
「へぇ、凄いのが居たもんだな」
僕らの会話が聞こえたのか、黒葛川はこちらをチラッと見て得意気にニヤリとした。
……まあ、変なやつじゃないことを祈ろう……。
「星川さんやんないの?」
星川さん――彼女は一年のとき委員長をやってた子だ。普段はそれほど目立たない子だったが、正義感が強く、困ったときは頼りになる、僕らの馴染みの委員長だった。
「う~ん、やりたい人が居るならそれでいいんじゃないの?」
星川さんはやる気は無いようだ。ただ――。
「じゃ、じゃあ俺も」
――と手を上げたのはなんと山崎。山崎、お前やる気なのか!?
「はいじゃあ自己紹介して。皆には投票用紙を配るから書いて投票」
「黒葛川 猛です。去年はE組でしたが、目標ができたので進学コースを志望しました。成績は学年総合でだいたい一桁なのが強みです。皆よろしく!」
黒葛川は自信に満ちた、色黒でちょっと濃い目のイケメンだった。
まあ、ああいう押しの強い感じの男子は女子にモテると思う。
「山崎 光です。あー、えーっと、委員長というのも自分磨きのために悪くないなと。がんばりますので宜しくお願いします」
なるほど自分磨きと来たか。
ただ、山崎の最終目的は渡辺さんだろう。
僕は彼の意気込みにめいっぱい拍手しておいた。
そうして集計された投票の結果は、なんとギリギリのいい勝負で黒葛川が委員長に決まった。山崎、とても惜しいがそのやる気は渡辺さんに伝わってると思うぞ。――見やると渡辺さんは他所向いて他の女子と話してたが――たぶんな!
女子の方は立候補が無いので星川さんが副委員長をやることになった。
「改めて黒葛川 猛です! 委員長になったらまず言いたかった! 鈴代さん! 貴女にひと目惚れしました! 僕は誰よりもキミを大切にしてみせる! どうか清い交際から始めてください!」
「えっ?? 私? 無理です」
「そう!――えっ?」
ごめん、聞いてなったわ。委員長としての決意表明だとばかり思っていたから、まさか渚が告白されているなんて考えてもいなかった。
「いやー、黒葛川ちゃん、それは無理だわー。鈴代ちゃん、彼氏いるの知らない?」
黒葛川の傍に座っている皆川さんが言う。
「それはもちろん知っているが、学生の内は自由恋愛! 恋の結末なんて誰にもわからないだろう?」
それに答えたのは笹島。
「無理無理、渚と太一は夫婦だもん。渚の曾爺ちゃんにも報告したし、クラスでも公認夫婦だから別れるとかないって」
無茶苦茶言っているが、まあ、別れることはないな。
「そ、そんな……」
「ほらほら、告白してないでHR進める」
うちの担任も容赦ないな……。
「では私も改めて、星川 彩華です。内申もありますので副委員長を引き受けますが、皆さん、去年同様、クラスのためご協力をお願いします」
「「「はーい」」」
皆、もう慣れたので星川さんの言う事には素直だ。宮地さんの補助も要らないくらいになった。
「黒葛川君、委員を決めるので宜しくお願いします。――黒葛川君?」
「あ……ハイ」
「はぁ…………はい、じゃあ委員を決めていきましょうか」
パン――と手を打った彼女は、黒板に委員名を書き出しながらHRを進行させていった。
◇◇◇◇◇
「まあまあ、黒葛川くん。君が初めてじゃないから、こういうの。元気だしなよ」
「そう。鈴代さんは魔性の女なの。次から次へと男を魅了して退学させていくのよ」
長瀬さんと滝川さんが黒葛川を慰めているが、なんか妙なことを滝川さんが吹き込んでいる。
僕らはクラスの親睦会兼、黒葛川くんを励まそうの会でカラオケにやってきていた。全員は入りきらないから部屋を分けたけど、何で僕らと黒葛川が一緒なの?
「私っ、魔性の女じゃないもん!」
「ええ? 瀬川くんをこれだけ虜にしておいてそれは無いんじゃないかなあ?」
「そうそう。五階の渡り廊下のベンチで膝枕してたって有名なんだから」
「お家騒動のあと、瀬川くんも急に変わったわよね」
「鈴代さんの実家でいったい何があったのかしらね?」
クスクス――と笑いあう二人。飛倉の屋敷のあの事件はお家騒動なんてクラスでは呼ばれていた。だが僕は断じて言う。あのお屋敷では渚には何ひとつやましいことはしていないと。
「わざわざそんなことを言っちゃうところが怪しい!」
「どうかしらねえ?」
「瀬川も一皮剥けた感じがするもんな」
「ぜぇーったい何かヤってるって」
二人どころか周り中にツッコまれる。
渚の隣に座る鈴音ちゃんには白い目で見られていた。
「……ねえまだ移動禁止なの?」
堪らず聞いてみる。一応、部屋の間の移動は許可されてるけど……。
「早すぎる! せめて一巡するまで待つ!」
委員長――もとい星川さんに注意される。
「太一くん、デュエット歌お!」
「ええ、デュエットって古い曲ばっかりのイメージあるけど歌えるのあるの……」
――無かったわ。
でも、渚に誘われてよく分からない曲をデュエットで歌い、揶揄われたりもしたけれど、渚が楽しそうだからそれでいいかなって。渚は以前話していた満華さんに連れて行ってもらったカラオケで教わったのか、それとも両親が知っていたのか、古いデュエット曲も歌えた。
渚の声は耳に心地よかった。確かに僕にとっては魔性の歌声なのかもしれない。
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