第41話 親友

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第41話 親友

 さて昨日、僕の不興を買った席替えの結果だが、僕は廊下側二列目、前から五番目となった。渚の席はと言うと、同じ列ではあるが前から二番目。今朝、登校して席についてみると、なまじ同じ列な分、彼女が良く見えないのが改めてよく分かった。  鈴音ちゃんは今回は運が無かったのか窓側二列目のいちばん前に居た。  ちょんちょん――後ろの席の人に背中をつつかれる。  振り返るとそこには、色素のちょっと薄い髪にリムレスの眼鏡をかけた座高の低い女子が居た。ノノちゃんである。ノノちゃんはボソリと呟く。 「…………見えないから……代わって貰ってもいい?」 「それはもちろん」  ――もちろん、ノノちゃんが前を見辛いと言うのもあるだろう。しかしもう一点。僕の右隣は相馬だった。相馬とノノちゃんのため、快く了承しよう。  そういうわけで僕の目の前は少し視界が開けた。ノノちゃんの後頭部を拝める相馬も羨む席だ。 「おはよう……」  ――と、左の席の女子から声を掛けられる。そこには気持ち目隠れ気味の長い髪の女の子。所謂田代の言う三大巨頭の一人、奥村さんが居た。  何の三大巨頭かはともかく、奥村さんは僕にとって少々警戒すべき女子であるし、何故か渚バリアが効かない女子でもあった。おまけに一年の時でさえ大学生のような大人びた魅力があったのに、二年になってまたそれが一段と磨きがかかったような気がする。 「おはよう、奥村さん」  挨拶は返したものの、彼女は何を考えているかあまり表情に出さないのでわからなかった。田代に言わせれば――ゴミを見るような目で見られるのが堪らないんだ――と、他クラスでも同様に話題なのだそうだ。うむ、よくわからないな。  ◇◇◇◇◇  さて、渚の方を見ても様子は窺い知れないわけだが、昨日からひとつ気になることがあった。渚の右隣りの席のことだ。その席は昨日から空いたまま。そしてクラス名簿に載っていた、ある名前が引っかかっていた。特別珍しい名前でもないけれど、その人物が始業式を欠席していた事が気にかかった。  ――しかしその疑問はすぐに解消されることとなった。  その日に予定されていた入学式も無事終わり、HRのためにやってきた担任。ただ、その担任の後ろには詰め襟の黒い学生服を着た男子高校生が続く。途端に懐かしさに近い、覚えのない感情が体を駆け巡った。 「……」  ぴくり――と、ノノちゃんの耳が動き、振り返った。  ノノちゃんは首をかしげる。 「えっと……何?」  ノノちゃんに問いかけるも、逆にノノちゃんから問い返された。 「……何て言った?」 「えっ、僕?」 「……そう」 「言ってないけど?」 「……そう?」  ノノちゃんは訝しげな顔のまま前を向いた。 「――それから、皆に転校生を紹介する。昨日の始業式には間に合わなかったけれど――」  担任の先生が黒板に名前を書く。 「合ってる?」――先生はその男子に確認を取ると――。   「鈴木 祐里(すずき ゆうり)君だ」――そう紹介した。  色白で整った顔の背の高いその男子はニコリと微笑み、転校の事情を簡単に話すと――。 「――田舎から引っ越してきたもので、こちらの事はよくわかりません。皆さん、どうかよろしくご指導ください」  そう言ってお辞儀をした。  パチパチ――と、歓迎の拍手が彼に送られる。 「そうは言うが、鈴木君はかなり成績優秀だからな。皆も教えて貰うことは多いと思うぞ」  先生がフォローし、彼も軽く先生に会釈をする。 「そこの空いてる席がそうだ。鈴代の隣な」  彼は促されて席に着く。そして隣の渚に挨拶し、握手を求める。 「鈴代さん? よろしく」 「あ……こちらこそ宜しくお願いします」  渚は戸惑っていたようだけれど、挨拶だけ返した。  ◇◇◇◇◇  HRが終わった放課後、クラスメイトが転校生の所へと集まっていき、人だかりができた。 「鈴木君、勉強を頑張るために引っ越してきたってすごいね」 「――田舎って勉強するにも都会と違って見合った学校がないんだ。格差ってやつ」 「親がよく許してくれたな。一人で引っ越したのか?」 「――そう。独り暮らしだからいろいろ大変でね。始業式には間に合わなかった」 「鈴木君、かっこいいね。彼女とか居る?」 「――彼女は居たためしがないかな」 「学ラン? 似合ってるね。体が細いの? スラっとしてる」 「――一応これでも運動は得意なんだ」 「スポーツとかは? 部活とかどこ入るんだ?」 「――スポーツは好きだけど、今は勉強に集中したいかな」 「先生も言ってたし、校内案内してあげようか?」 「ああ、そうだね。――あ、鈴代さん。よければ鈴繋がりでお願いできませんか?」 「えっ、私? 私はその……」 「いいんじゃない? 案内してあげてよ渚」 「えっ!?」 「太一!?」  そう僕に呼び掛けてきた転校生はパッと花が咲いたように驚きの混じる笑顔を見せ、立ち上がった。手を差し出すと彼は僕の右手を両手で包み込む。 「太一! 太一! お母さんの実家がこっちの方にあるって聞いてたから落ち着いたら一度連絡しようとは思ってたんだ! まさかこんなに早く会えるなんて」 「ああ、僕も祐里がここに転校してくるなんて思ってもいなかった。だから名前を見てもまさかって思ってたよ」 「女の子かもって?」 「そうだな。それもあるかも。うちは女子の割合多いし」 「あの」――と手を上げてくる長瀬さん。 「――二人は知り合い?……なんだよね」 「そう。中学の時の」 「太一は僕のいちばんの親友だよ。なあ、太一」  何故だか長瀬さんは訝し気に僕を見つめるが、理由がよく分からない。 「ああ」 「太一の親友か。じゃあ歓迎しないとな! 歓迎会やろうぜ」  田代が言うと、何人かはさすがに昨日の今日だったからか――金欠だからパス。けど歓迎はするよ――というクラスメイトも居たけれど、カラオケの大部屋に入り切るくらいは参加した。  ◇◇◇◇◇ 「えっ、太一に彼女!? ほっ、ほんとに!? いや、疑ってるわけじゃないんだけどね。意外だなあ、太一に彼女なんて」  僕が渚を紹介すると、祐里はとても驚いてみせた。 「祐里は中学一年の時に転校先で誰も僕のことを相手にしてくれなかった中で、たった一人だけ声を掛けてくれたんだ。イジメにあっても支えてくれて」 「前に言ってた中学の時の最初の友達だね。私にとっての鈴音ちゃんかな」 「――太一くんを守ってくれたんだね。ありがとう」 「こちらこそ。今はこんな美人の彼女が太一の傍に居てくれてるんだね。安心したよ」  感慨深げに祐里は言った。  中学一年生の頃、あの重苦しい空気の中、僕に救いの手を差し伸べてくれた彼には感謝しかない。彼が居なければ今の僕は無かっただろうし、こんなに強くもなれなかった。  その後、祐里は田代や山崎たちの熱烈な歓迎に会い、さんざん歌わされていた。祐里の歌を初めて聞いたけれど、かなり上手だったんだななんて思った。  ◇◇◇◇◇  歓迎会のあと、駅で渚たちと別れると、祐里のたっての希望で彼をうちに招待した。祐里はうちの母とも仲が良かったのでぜひ挨拶をしたいと。彼は中学の頃と全く変わらず僕を大切に思っていてくれたようだったし、母もあの頃は彼にはとにかくお世話になったと暗くなるまで話に花を咲かせていた。
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