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第43話 僕の彼女は知っている
「いいんじゃない? 案内してあげてよ渚」
えっ!?――私は驚いた。声に出していたかもしれない。太一くんが思いもよらない言葉を告げたから。
目の前の転校生は鈴木君という。
成績優秀だけど、前の学校では県外の国立大学を目指すこと自体が珍しくなって、これ以上のサポートは期待できなかったと言っていた。そのためにわざわざ転校してきたという行動力にも驚いたけれど、独り暮らしまでしているらしい。
その転校生は太一くんを見ると、それまでの取り繕った態度を崩して再会を喜んでいた。最初は私も喜んだ。喜びたかった。でもできなかった。なぜなら、太一くんの笑顔が普通じゃない……心からの笑顔じゃなかったから。
そしてさっきの言葉。いくら親友だからと言って、彼が私に男の子の面倒を見させるなんて思えなかった。仮にいま、太一くんが親友と呼んでやまない相馬くんと私が二人きりになったりしたら、太一くんは嫉妬して何日も笑ってくれなくなるだろう。
太一くんが私を独占したいように、私も太一くんを独占したい。私は彼に独占されたいがため、他の男の子からの誘いは一切、受けないようにしていた。なのになぜ?
◇◇◇◇◇
鈴木君はやはり、以前太一くんが話してくれたあの友達だった。
彼は中学のころの太一くんの居場所だったと言う。
彼が太一くんに教えてくれた、居場所さえあれば大抵のことは気にしないで居られると言う考え方は私にも大きな変化を齎した。けど、それはあくまで太一くんから私に齎されたものだ。鈴木君から太一くんへ齎されたものが同じとは限らない。
太一くんは少々の嫌がらせでは何とも思わない。悪口を言われても気にもしない。けれど、全く何も思わない人なんていない。事実、彼は私の胸のし……膝の上で泣いた。
太一くんの自己評価が低いのも全く関係ない訳じゃないと思う。
悪口を気にせず受け入れているようにも見える。
彼の繊細さがあえてそうさせるのかと思ったこともあるけれど、あまりに鈍感に振舞いすぎる。
◇◇◇◇◇
歓迎会の後、鈴木君は太一くんの家にお邪魔したいと言った。
最近は日も長くなったので私もたまには太一くんの家で過ごしたかったけれど、歓迎会の後ではさすがに遅くなって太一くんに心配をかけてしまう。太一くんが無条件に信用し、そして近い場所に立つ鈴木君に少し、嫉妬してしまった。
夜、太一くんからのメッセージを待つ。
鈴木君はまだ居るのだろうか?
少しの嫉妬が私から行動力を奪っていた。
お風呂に入り、外も暗くなった時間。スマホの着信音が鳴る。
「んんっ!」
嬉しさから言葉にならない声を上げ、画面を見ると太一くんのお母さんだった。
??――――理由はよくわからない。けど電話を受ける。
こんばんは――とお互い挨拶を交わし、最近太一くんとはどうかなんて話を始める。
普段の話ばかりで、どうして電話をかけてきたのか理由がわからなかった。
けれど太一くんのお母さんは少しの溜息のあと、こういった。
『渚ちゃんを信用して話したいことがあるの』――と。
それから一時間……いや、お母さんが悩みながら話してくれた内容は二時間近くかかった。その内容はとても重かったけれど私は太一くんの力になれるならと思い、涙を流しながら全て聞いた。
話を聞き終えた私は、太一くんからの着信があったことに気が付いた。
でも、こんな状態じゃ電話なんてできなかった。
簡単なメッセージだけ返すのが精一杯だった。
◇◇◇◇◇
翌日のお昼休み、私は鈴木君に校内を案内することになった。
太一くんに一応、私が案内していいのかと聞いてはみたけれど、彼はやはり鈴木君の事を無条件に信用し、言う事を聞いてしまっている。太一くんと鈴木君の関係はやはり、私との関係とは違う。
鈴木君は笑顔を絶やさない、そして明るく話しやすい人だった。太一くんと最初に会ったころからそうなのだろうか? それとも変わってしまったのか。太一くんと彼はクラスで孤立していたと聞いた。こんなに話しやすい人がクラスから孤立するだろうか? 私には孤立のきっかけを作る前に何とかしそうな人に見えた。
私は移動教室の際に知っておくべき部屋を要領よく回った。
お昼の休み時間はそれほど長くないけれど、徐々に覚えていけばいい部分もある。
十分と感じた私は、案内を終えて教室に戻ろうとした。
「鈴代さんは優しいね。そして太一のことを何より思ってくれてる」
「そう……ですね。太一くんのことは大事です」
「中学のころの彼を知りたいかい?」
私には少しだけ魅力的に聞こえた。太一くんのお母さんからは昔の太一くんのことを少しは聞いていたけれど、それはやはり親の目線だ。学校での太一くんはまた別だっただろう。私は興味もあったし、お母さんから教わっていたこともあって、彼の提案に乗ることにした。
◇◇◇◇◇
放課後。私は太一くんの家に寄るつもりで完全にその気になっていた。
――けれど。
鈴木君は昨日のお礼にと、また彼の家に行くようだった。
太一くんと二人だけでお話ししたかった。
だって、最近の太一くんは半端な笑顔、感情の無い笑顔しか見せてくれないんだもの。
ベッドの上で彼の感情を引き出してみせたかった。
でも、無理は言えなかった。
◇◇◇◇◇
翌日、クラスの雰囲気がおかしいことに気づいた。太一くんに異変を感じた人たちがその原因だった。そして私の行動にも問題があったと思う。けれど、太一くんのお母さんから教わった話は安易に他人の耳に入れていいものではなかった。何より、確信もなく太一くんに教えていいものでは。
4時間目の体育の授業のあと、更衣室を出ると鈴木君が待ち構えていた。
女子更衣室は男子更衣室より奥にある。当然、衝立があって入口から中が覗けるわけではないけれど、それでも出入り口の傍に男子生徒が居るとちょっと身構えてしまう。
鈴木君は無害な草食系男子にしか見えない。だからクラスの女子の多くは太一くんの異変に気付いても、鈴木君を警戒するなんてことは無かった。私は違ったけれど、無下にするわけにもいかなかった。彼の親し気な会話に合わせると、七虹香ちゃんなんかはムッとした顔をしていた。
◇◇◇◇◇
お昼休みもクラスの雰囲気は変わらなかった。
私は今日も鈴木君に校内の案内を頼まれていた。
太一くんは相変わらず止めてもくれない。
今日は案内もそこそこに、鈴木君は――昨日の話の続きをしよう――と、体育館前のベンチに誘い、太一くんの話をしてくれた。私は彼の話をどこまで信用していいものか判断に困りながら、笑顔を精一杯張り付けて相槌を打っていた。
お昼休みを終えて教室に戻ってくると、知り合いの何人かが私をじっと見ていた。
鈴音ちゃんは気にしないでいいよと言ってくれ、朋美ちゃんは心配そうに私の手に触れてくるだけだった。
◇◇◇◇◇
そして放課後。今日こそはと思いながらも、やはりそう来るのだろうねと鈴木君の横槍が入ったのを見届ける。鈴木君は理由を付けて放課後を太一くんと過ごす。私の付け入る隙がない。
◇◇◇◇◇
翌朝、教室で奥村さんが太一くんと何か揉めているようにも見えた。山咲さんが間に入ったことで事なきを得たように見えたけれど、助けに入ったのだろうか、田代君は奥村さんに言い返されてしょんぼりしていた。
ペコ――業間にスマホの通知音が鳴る。
クラスの雰囲気の悪さから過敏になっていた私はちょっとびっくりしてしまう。
隣の席の鈴木君はたびたび私に話しかけてきていた。
私は貼り付けた笑顔とできるだけ楽しそうに聞こえるよう高い声で返事をしていた。
ちょっとごめんね――とスマホのメッセージを確認する。
ゆり――と書かれた差出人は奥村さん。
『瀬川くん、かなり溜め込んでるみたい。大丈夫? なにかあった?』
彼女の気遣う言葉にちょっと涙ぐんでしまった。
『今は言えないの。もうちょっと待って』
『琴音がお昼休みの事、何か知ってるみたい』
『体育館前のベンチでのことかな。やましいことはなにもしてないから信じて』
『うん。でも琴音が誘ってたからついていくのかも』
『そうなんだ』
『うん』
『――あのね』
『――黙ってたけど瀬川くんの匂い、すきなの』
『知ってる』
『――落ち着くよね』
『知られてる』
『――うん』
『もっといい匂いも知ってるけど彼女の特権』
『いいな』
『いいでしょ』
『うん』
『――じゃあ、お昼休みにね』
最後に――はい――と返した私は、できるだけ愛嬌を見せるように鈴木君との会話を再開した。
◇◇◇◇◇
お昼休み、お茶を買いに向かうと当然のように鈴木君がついてくる。
ただ、今日は山咲さんと奥村さんも一緒。
山咲さんは私に疑いの目を向けてきているようにもみえる。
奥村さんは心配してくれてるみたい。
購買での買い物を終えた三人は、私と太一くんについて一緒に教室へ戻る。
鈴木君はまた今日も校内の案内を頼んできた。ただ、今日は昨日と違って太一くんを通さず私に直接告げてきた。太一くんは当然のように私に頼んで――。
えっ――私は目を疑った。返事をしようとした太一くんに後ろを歩いていた奥村さんが頭突きをしたから。――大丈夫?――私はすぐに奥村さんのおでこが無事か確認した。太一くんにも声を掛けてあげたかったけれど、明らかに今のは私を思っての行動だったから。
◇◇◇◇◇
お弁当を食べる。いつもなら鈴音ちゃんや朋美ちゃんとの会話を楽しめるのに、二人は口数が少なかった。代わりに隣の席の鈴木君が私に話しかける。鈴音ちゃんの目線が辛かった。朋美ちゃんは伏し目がち。私は鈴木君に靡いているように演技した。
昼食を終えると鈴木君と教室を出る。
太一くんたちがついてきてくれてると思うけど、振り返らない。表情にも出さない。
できるだけ鈴木君のペースに合わせる。
北館西棟をぐるっと周ってくるころに鈴木君がまた誘ってきた。
「昨日の続きをしたい?」
はい――と返す私。
自分が自分じゃないような感覚。離れたところで自分を見ているような感覚。
太一くんたちはついてきてくれてるだろうか。
体育館前のベンチに二人で座ると、彼の話題は最初から太一くんではなく私の事だった。
やだな――――助けてよ、太一くん……。
私は鈴木君にできるだけ笑顔で答える。楽しそうに。今日で終わってくれるように。
そして――――ついに彼は私に耳打ちしてきた。
私はスマホを取り出す。
「放課後、今日は会えないって太一くんに話しておきますね」
私は発した言葉とは別の言葉を、位置情報と共に太一くんに送った。
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