第44話 好きに理由なんて無い

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第44話 好きに理由なんて無い

「太一くん、鈴木君は確かに太一くんを支えてくれたかもしれない。でも目を覚まして。太一くんはもう鈴木君を居場所にしなくてもいいの」  渚は僕の目の前でそう言った。  え? 何の話? 渚が口説かれてたんじゃないの? 僕は奥村さんに懸想なんてしてない。  僕の彼女は言い訳をすることもなく、まして僕を問いただすなんてこともなく、さらに言葉を続けた。 「太一くん、鈴木君は太一くんが思ってるような人じゃない。信用しちゃいけない」 「――あの人が私になんて耳打ちしたと思う?」 「――僕の部屋に来ない?――だよ。意味は分かるよね?」 「まいったな。完全に気を許してると思ってたのに。思ったより身持ちが堅いの?」  祐里が渚を追って傍までやってきていた。 「あなた……。鈴代さんは瀬川くんに一途ですし誠実ですわよ」 「(琴音も疑ってたよね……)」――聞き取れるかどうかくらいの背後からの囁き。 「かわいい女の子なんてみんな男の目を引く自覚がある分、お尻は軽いでしょ?」 「鈴代さんが瀬川くんのために、この学校でいったい何人の男性の誘いを断ったかご存じです?」 「じゃあこの三日間の態度は何? 彼女は普段から男を揶揄って遊んでいるのかい?」  渚が祐里の前に一歩進み出る。 「いいえ、太一くんのお母さんから話を聞いて、あなたに合わせて(なび)いた振りをしてただけです」 「太一のお母さん……が……なんだって?」 「太一くんのお母さんは全部知ってます」 「太一のお母さんとは一昨日も普通に話したばかりだぞ」 「あなたが変わってくれたのか確認したかったんです。お母さんも」 「――確かにあなたは最初、クラスに受け入れられない太一くんの最初のお友達になってくれたのかもしれない。けど、そのあと彼らに太一くんを苛めさせたのはあなたでしょ?」 「大事な太一に……僕がそんなこと、するわけがない!」 「あなたが太一くんを大事にしてたのは本当なんでしょう。太一くんの居場所になってあげるって言ったのも。でもお母さんは言ってました。あなたがイジメの主犯だって」 「周りに苛めさせて自分で慰めてたってことですか?」  渚が山咲さんに向かって(うなず)く。 「太一くんのお母さんが言ってました。太一くんはあなたに依存気味だったって。急に変わった息子に戸惑って、太一くんのお父さんとお母さんが人を雇って調べさせたんです」 「本当に……知っていたのか……」 「太一くんのお母さんもあなたが更生したのかわからなかった。だから私に聞かせてくれたんです。学校の事はわからないから。でもやっぱり私から見てもちょっとおかしかった。そのことを話したら、また同じことを企んでるのかもしれないって」 「恋人に裏切られたら……また僕のところへ戻ってきてくれるって思ったんだけどな」 「あなただって嫌われますよ」 「僕が太一に嫌われるなんてないさ。ねえ……太一」  目の前で語られる事実に理解が追い付かなかった僕は、呼びかけられてようやく我に返る。 「あ……あ」 「そうじゃないよ!」  突然、後ろから高い声が。  振り返るとノノちゃんがいた。相馬も新崎さんも。鈴音ちゃんも宮地さんも姫野も。笹島は目を腫らして三村に連れられてきていた。 「っ、瀬川くんは鈴木が教室に入ってきたとき、最初に言ったもの。『いやだ』って」  え…………。  あのとき僕は――いやだ――って言ったのか。 「そんなわけない……。だって僕たちはお互いの居場所になろうって。突然居なくなって辛かったけれど、今度こそ元通りだよ」 「じゃあどうしてその時連絡を取らなかったの? バレたかもって怖かったんでしょ。太一くんのお母さんが言ってた!」 「そ……れは……」 「祐里、ごめん。ノノちゃんの言うとおりだ。やっぱり僕は君のこと、嫌いだったかもしれない」 「太一……?」 「たぶん、心のどこかでわかってたんだ。クラスのみんなの視線、僕と祐里じゃ違ってたもの」 「――母さんに言われたことがある。君のこと本当に信用できるのかって。でも、学校の事を知らない母さんにはわからないって思ってた」 「――でも渚に言われてわかった。やっぱり君の事…………怖かったんだ」 「そんな! やめてくれ!」  祐里は僕の両肩を掴んできて揺さぶる。  僕の目からはいつの間にかぽろぽろと涙が零れていた。 「ごめん、君が教えてくれたことは正しいと思う。でも、君に頼り切って居心地よくしてるってのはやっぱりおかしかったんだ。お互いにもっと対等で、お互いを大事にしないと」  祐里はうなだれるが両手は離さないでいた。 「太一くんとはもう関わらないで。太一くんを離して」 「嫌だよ、離すもんか。やっと見つけたのに!」  顔を上げた祐里が叫ぶ。だけど僕は――。 「僕には渚が居るんだ。だから――」  パン!――いい音をして祐里の頬に入った拳は彼をふらつかせ、尻餅をつかせた。 「太一くんは私のもの! 絶対にあなたには渡さない!」 「渚……」  渚の行動に誰もが驚いていたと思う。だってその場が静まり返っていたから。  僕は右腕を渚に取られ、抱きしめられる。  最初に口を開いたのは相馬だった。 「鈴木が来てからこっち、瀬川はまともに笑ってない。嫌われないなんて言ってるけど、鈴代さんと居るときの太一くらい笑わせてみせてから言えよ」  ◇◇◇◇◇  僕たちは体育館をあとにした。何事かと体育館の角に集まってきていた生徒がいたけれど、構わずその場を去った。渚は僕の右腕を抱きしめたまま。ちょっとだけ歩き辛いななんて思った。 「渚、ありがとう」  人の少ない廊下を選んで歩いていた。  渚は立ち止まると、ハンカチを出して僕の涙を拭ってくれた。 「太一くんが私の居場所になってくれたように、私はずっと太一くんの居場所でいるから」  渚の言葉が嬉しかった。  僕の居場所は祐里じゃない。渚や友達が居る。 「渚のばかぁ! あたし、心配したのに!」  笹島が渚に縋りついてきた。 「ごめんね。私が悪いんだ。皆に話さなかったから」 「本当だよ。一人で抱え込んで。頼ってよ……」 「話したら七虹香ちゃんは優しいから怒ってくれるもん」  渚は笹島の涙を拭い、自分の涙を拭っていた。  後ろに居た相馬と目が合うと、ここ何日か見てなかったような穏やかな顔をしていた。 「とりあえず瀬川と鈴代さんの奢りでいいんじゃないかな」 「そうね。相馬の言う通り奢って貰わないと気が済まないわね」 「クラスの雰囲気、最悪だったもん。私がどれだけ苦労したか」 「宮地は放っておいても勝手に喋るでしょ」 「鈴音ひどいーぃ!」  みんなのやり取りがおかしくて笑った。  久しぶりに笑った気がした。  思えば、ここ数日、感情まで縛り付けられていた気がした。  ◇◇◇◇◇  その日の終わりのSHR、何故か担任の先生が副担任を連れて来ていた。  どこかで見たようなプリントを持って。 「あー、えーっとだなあ……」  言い淀む担任は教室を見渡すが、副担任の先生に睨まれて話を続けた。 「今日の昼の放課にイジメがあったという通報があってだな、どうもそれがうちのクラスの生徒だと言うんだ。転校生である鈴木が――鈴木は居ないのか――鈴木が大勢に囲まれて殴られてたなんて話もあって、先生はそんなことはなかったと信じたいが――」 「先生~。殴ったのは鈴代さんでーす」  あの場に居たのか。いや、大勢で移動してたのだろうから気になったクラスメイトも居たかもしれない。野次馬も居たし。 「……鈴代、そうなのか?」 「はい……」  渚は申し訳なさそうに言う。 「鈴代、いったいどうしてそんなことを……」 「ええっと、あのう…………」  言い淀む渚。  静まり返る教室。  ガラッ――教室の戸が勢いよく開かれたかと思うと祐里が入ってきた。 「いやあ、いいパンチでしたよ鈴代さん」  彼はさわやかな笑顔――片方の頬を赤く腫らしていたが――でそう言った。  事情を知る友人たちは目を丸くしていた。渚もきっと同じだっただろう。 「実は瀬川くんを二人で取り合って、どっちが愛情があるか勝負したんですよ。どうせかわいいだけの女の子だと舐めてましたからね。そんなに太一のことが好きなら一発殴ってみろって。僕は耐えてやるぞってね。そしたら尻餅までつかされましたよ。完全に負けですね!」  祐里が何を言ってるんだか僕にはよくわからない……。 「それはそう言わされてるのではないのですか?」  副担任が厳しい目で祐里を見る。  祐里は呆れたような素振りを見せると――。 「僕が他人に()()()()()()なんてありえません。僕が他人に()()()()なら得意です。だからこれは()()()()()()()()()です」  副担任は眉を顰めるがそれ以上は言わなかった。 「とりあえず調査用紙を配るぞー。知ってることは包み隠さず教えてくれ」  配られた調査用紙を前に困惑する。  本当のことなんて書けないし、そもそも僕は最初、話をよく理解していなかった。  ――僕を巡っての合意の上の痴話喧嘩でした。ご迷惑をおかけしました――。  無記名ではあったがそう書いて教卓に提出した。  ◇◇◇◇◇ 「いいのか、本当にあれで……」  放課後、僕は祐里を連れて人気のない五階の渡り廊下に居た。 「太一に迷惑をかけるのは本意じゃない。大切な親友だもの」 「――それに、教師の介入なんて僕の矜持が許さない」 「今更そんなことを言われてもな。中学のころから既に大迷惑だったんだけど」 「僕としてはそんなつもりは無かったんだ。こんなでもね」 「なんで僕にそんなにこだわるんだ?」 「好きに理由なんて無いかなあ。今の君を見てると惚れなおすくらい」  ごめんね――と彼はその場を立ち去った。  四階への戻り際、階段で渚が待っていて問いかけてきた。 「大丈夫?」 「うん、吹っ切れたから。大丈夫」  ◇◇◇◇◇  その後、みんなにまたカラオケに誘われた。  歌もそこそこに、ただパーティ会場が欲しいだけだったみたいだけれど、高校生向けの割引もあるとはいえ大部屋に全員分のワンドリンクを支払うには出費が痛い。春休みは渚とのデートで懐が寂しかったのもあったため、僕らはひとつの提案を受け入れた。僕と渚にその場でできることを、参加者ひとりひとつずつ何でもやるってことで。  まあ結果は酷かった。  まず最初に勢いよく名乗りを上げた鈴音ちゃんには渚にこの場でのエロい発言を禁止された。笹島あたりからブーイングが飛んだが、これはまあいい。  続く宮地さんに告白のことをさんざん喋らされた。例のあの告白騒ぎはフェイクだと、ここに居る皆には話していたため、どっちから――とか――何て言った?――とか――何て返した?――とか、ひとつじゃなかったのかよって。  ノノちゃんには――最初のキスはどうだった?――と聞かれた。――喋れ、喋れ――のコールの元、僕は――直前に珈琲を飲んでたからか甘かった――と話したら、渚は――求められてる感じが最高でした――なんて……味の話じゃないの!?  奥村さんはスッと手を上げて、渚に近寄り耳打ちすると、今度は渚が奥村さんに耳打ちして二人でクスクス笑っていた。――えー、それじゃあわかんなーい!――と笹島は文句を言っていたが、ふたりだけの秘密だと言って話さなかった。  三村は何故か普段と違って恥ずかし気に、最初のデートはどこかと無難な質問をしてきた。しかし笹島は――そこは最初のエッチはどこって聞かないと!――ってツッコんできたのでさっさと図書館と答えておいた。  小さく手を上げたのは山咲さんだった。山咲さんは恥じらうように――お二人でこの場でベーゼなど……――と告げてきた。――ベーゼって何?――って聞き返すが早いか、次の瞬間には渚に唇を奪われた。皆あっけにとられている間に渚は唇を離した。その後は歓声だか問いただしだかでしばらく収拾がつかなかった。  私も私も!――と手を上げてきたのは姫野。――私もキスして!――と。渚はまた僕にキスしようとしたけれど、――そっちじゃなくて私!――と叫ぶ姫野。いや、お前にかよ! 渚は――ほっぺなら……――と姫野のほっぺにちゅーした。うん、まあこれくらいなら許せるか。姫野は大喜びしていた。  じゃあ私!――と笹島が手を上げたが悪い予感しなかったので先に――パスで――と言っておいたら――なんでよ!――と返された。なら何が望みだ――と聞き返したら、――あたしと一発しよ!――ひゃん――僕は笹島の頭にチョップを一発入れておいた。  残るは相馬と新崎。どちらも割と常識人なので安心していた。  ――が、そうではなかった。 「腹立つからいちばん嫌そうにしてたお願いをもう1回って思ってたのよね」 「新崎とちょっと相談したんだ。さっきは鈴代さんからだったけど、今度は瀬川からキスしてあげてくれる?」 「私はそれを一枚、撮らせてほしいなって」  結局、そうやって僕と渚のキスを写した一枚は、みんなにシェアされていい記念品にされてしまった。まあ、渚も喜んだんだけどね。それならいいか――って僕も思う。
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