4人が本棚に入れています
本棚に追加
第46話 文芸部にて 7
「ちょっ、ふざけんな!――って思いませんか??」
目の前の成見さんはご立腹だ。といっても、別に僕と渚が先週、一度も文芸部に顔を出さなかったことを言っているのではない。それに関しては既に樋口先輩から文句を言われたばかりだった。新入生歓迎誌を作るのにって。
「おにい……兄はかっこいいので由子ちゃんがしっかり愛情表現しないと逃げられますよ!」
「由子じゃなくてなるちゃんって呼んでよ雫ちゃん!」
雫ちゃんと呼ばれた女子は、新入生の柏木 雫ちゃん。ノノちゃんと同じくらいの背の、長い黒髪の女の子だけど、ツーテールにしててよく喋るから僕は苦手な感じ。成見 由子さんの恋人の柏木 祐希くんの妹になる。
「なるちゃんだと、由子ちゃんちのおばさんだってなるちゃんになるじゃないですか」
「だって由子なんて普通でつまんないでしょ? ノノちゃんも同じだよね」
ペコ――みんなのスマホの通知音が鳴る。
『俊くんが和美って呼んでくれるから和美も好きになった』
メッセージの送り主はノノちゃん。何で文芸部コミュニティへの投稿かと言うと、先週喋り過ぎたからお喋りゲージ充電中らしい。ちなみに相馬と二人だけの会話ではゲージは消費しないらしい。ノノちゃん談。
「あーあー、お熱いことですね!」
スマホを確認した成見さんが文句を言う。
彼女が何に怒っているかと言うと、彼氏の祐希くんの事らしい。祐希くんは成見さんとヨリを戻す前後のタイミングで、クラスの三人の女子から告白されたらしい。正直、あの祐希くんということもあり僕には意味が分からなかったが、蓼食う虫も好き好き。まあ、彼女らにとってはどこか良いところがあるのだろう。
「でもあの彼、祐希クンでしたっけ。ほんとにそんなモテるんスか?」
「なんか――髪を切ったらモテはじめた――とか言って、私が居るのに隙あらばクラスの女の子が世話やいてるのよね。私はクラス別だからわかんないし」
「はぁ、オレも髪切ってみようかな」
「西野はそれ以上切ったら坊主になるだろ」
「モテると思う? 瀬川クン」
「う~ん、なんか怖いからやめといた方がいいと思う」
「怖いッスか……」
「あんたはもっと普通に喋れるようになった方がいいよ。そも、なんで半端に丁寧語なの?」
「いや、クラスの友達から、オレの場合、女子と話すならその方がいいって言われたんスよ」
「いやいや、そもそも何で笹島が文芸部に居るんだよ」
何故か笹島は文芸部に来て僕と西野の間にちゃっかり座っていた。
「七虹香って呼んでって! 部長さんからぁ、挿絵描いてみないって。描いてきたの」
「へぇ……」
ペコ――送られてきた画像は、ガーリーなスタイルの女の子ウケしそうな絵だった。ゴーリーではなく。
「え、じゃあ三村も?」
三村はさっきから樋口先輩の横に座ってノートPCの画面を眺めてる。
樋口先輩はDTPソフトをいじってると思うけど。
「かなたんは絵がちょー上手いから。高校デビュー前は絵ばっかり描いてたんだって」
「マジかー。意外だな。で、姫野は?」
「朋美も描いてきたんだけど、ちょっと今回は見送らせていただきますって……」
姫野は会議テーブルの隅っこで小さくなってた。
「朋美ちゃんの絵は個性的ではあるんだよ」
渚がスマホを見せてくる。――なるほど、これは画伯と呼ばれるのがふさわしいな。
「理解できるかはともかく、描こうと思っても描けないようなセンスが凄いね。案外、アーティスト向きなのかも」
姫野がちょっとだけ嬉しそうだった。
「ちょっと! 私の話をスルーしないでください!」
成見さんがお怒りだ。
「んー。でも、そこで成見さんが嫉妬してるってことは、ちゃんと恋人のことが好きみたいで安心したかな」
そう渚が言うと、小岩さんがメモを取り始めた。
「なるほど確かにそうですね。遊園地では心配しましたけど」
「あ~、そうだ。遊園地ではごめんねぇ、あたしの知り合いのバカが迷惑かけて」
「あっ、ううん。いいんです。あれは結果的にヨカッタノデ……」
「由子ちゃん、家の前でちゅーしてたんですよー!」
「「「ええー!?」」」
「ちょちょ、雫ちゃん、そんなのバラさないでよぉ……」
「なあんだ、惚気かァ」
姫野が口を尖らせて言う。
「――私なーんかー、フラれる前に幻滅しちゃったしー」
「えっ、ナントカくん、飽きちゃったのか?」
「ナントカくんじゃなくてヒロ君~。形振り構わず渚を追いまわしてるの見てたらみっともなく見えちゃって」
「あれ? でも朋美ちゃん、そのヒロ君って相手と遊園地に行ったって言ってたよね」
「春休みに一度誘ってみたんだけど、なんか……思ってたのと違うなって……」
「え、でもそれ楽しかったって言ってなかったっけ?」
「渚のことで話が合ったからそこは楽しかったけど、恋人としてはちょっとね」
う~ん、こいつもよくわからん。
「――あ、そういえば遊園地で坂浪さん? だっけ。見かけたんだけど、居たよね?」
「うっ……」
雫ちゃんと小説の話をしていた坂浪さんが呻く。
「今、うって言った!」
「おさ、幼馴染に遊びに行こうって誘われて、行ったことある遊園地なら緊張しないかなって遊園地に……」
「「「おおお」」」
「で、どうなったの? 付き合うの?」――と成見さん。
「いえ、う~ん、前にも言いましたが自分がそこまで好きかわからないので……」
「渚みたいに強引に攻めて貰えば目覚め――はぁいたー」
笹島の脳天にチョップが炸裂する。
「太一がDVするー。渚ぁあ」
「笹島と家族になった覚えはない!」
「そうなのでしょうか……」
「いや、坂浪さんも真面目にこいつの話聞かなくていいから」
「こいつとか言ったー!」
「瀬川くんは笹島さんとも仲がいいんですか? 笹島さんは家族って言ってますけど」
小岩さんに聞かれる。
「カレシの好みに合わせて髪型を変えるのは彼女の役目だしぃ?」
「えっ、太一くんそんなこと言ったの!?」
「瀬川くん、二股してるんですか!?」
「いや、言ってないから。――小岩さんも違うから。彼女じゃないし。――前の髪型、主張が強くて威嚇されてるみたいで怖いって話しただけだから」
小岩さんの訝しげな視線は変わらない。
「ポニテも評判いいのよん。田代とかエロいって言ってくるし」
「田代君かぁ」
あからさまにテンション下がった声の渚。
渚の田代への評価の低さは相変わらずだ。僕にはその辺の理由がよく分からない。そもそも田代がエロネタを喋ると言っても、渚もいい加減エロい話は好きなんだよな。男子と女子の違いだろうか。いやでも、渚と他の女子が喋るのはOKで僕と相馬が喋るのもある程度はOK。でも田代や山崎が僕と喋るのは気に入らないようだった。
「最近、笹島さんの評判いいよね。男子の間で」――と相馬。
「だって今あたし、フリーだもん」
「いや、なんか前より落ち着いた? って話してるやつが居たからそういう意味じゃないんじゃないかな」
「うちのクラスの男子はギャルっぽいの苦手そうだしな」
「あたしギャルじゃないよ?」
「え……」
「ギャルっていうのはぁ、さぁやみたいなのだし。あたしとかぜんぜんマジメで通ってるもん」
「まじか……」
「えっ、そうなんですか?」
「そうなんですか??」
『新たなる事実』
「笹島先輩はギャルってほど派手でもないので、とってもかわいいと思います!」
「だよねー。雫ちゃん、そうだよねー」
「でも、彼女がいる瀬川先輩にそこまで惚れる理由が分かりません。運動が得意でも無いんですよね?」
「雫ちゃんにはまだ分からないかぁ」
「ええ、でも柏木さんのお兄さんもそんな変わんないよね……」
「兄は顔がいいですし、本人は隠してましたが運動はめちゃくちゃ得意です! おまけにモテますし」
「モテるのは要らないよぉ。祐希くんにちゃんと言ってよ」
「モテるのはしょうがないです。由子ちゃんがちゃんと繋ぎ止めておいてください」
「無茶苦茶だよぉ」
なるほど、あの祐希くんは確かに成見さんからしたらやきもきさせられる存在ではある。が、成見さんも成見さんでよく愛想をつかさないよなあ。最初は成見さん側が本当に好きなのか心配してたけれど、今は惚れてしまった弱みで振り回されそうな成見さんが可哀そうになってきた。
「雫ちゃんのお兄さんのそういう態度は私はよくないと思う。雫ちゃんからすると、もしかしたら太一くんは魅力的に見えないのかも知れない。でも、太一くんはちゃんと私だけを見てくれるの。私に他の女の子との誤解を与えないように頑張ってくれるんだよ」
「うう……そうですか。鈴代先輩に言われるなら納得かも……です」
「それにこう見えて太一くん、いろんな女の子にもてるんだよ」
「いろんなって鈴音ちゃんは誤解だし、新崎さんくらいだから」
「もっと居るよ。ふふっ」
ペコ――スマホの通知音が鳴る。
「はい、じゃあ挿絵を入れてみたからチェックしてみて」
樋口先輩がコミュニティにファイルを投げてきた。
その隣では三村が何故か赤い顔をしている。人に絵を見られるのが恥ずかしいんだろうか?
「笹島さんのカットがちょっと入るだけで華やかになりますね」
「そお? そお?」――小岩さんの言葉に嬉しそうな笹島。
「こ、これいいですね。鈴代さんの短編にぴったりです」
「ん、ああ、それは先に渚に読ませてもらったのをイメージして書いたから、部長さんに頼んで合わせてもらった」
「三村、お前凄いな」
「えっ、あ、そう? へへっ」
「チェック終わったら印刷に回すから。今年はちゃんと予算取れたからね!」
樋口先輩がやる気を見せていた。
「凄いっスね。このファイルってこのまま頒布? でしたっけ、したらダメなんスか?」
「あっ」
「えっ」
「ええっ」
「……」
「いや…………西野、それはダメなんじゃないの? ほら、やっぱ文芸部だし、紙じゃないと……とか」
――せっかく喜んでいた樋口先輩に合わせる顔が無かった……が――。
「……そうね。その方がたくさんの人に読んでもらえるかしらね。部誌とは別にフライヤーを作ってQRコードでURLを載せて頒布しましょうか。新入部員を一人でも多く捕まえないとね!」
――思ったより前向きだった。
実のところ、新入生の勧誘の要となるオリエンテーションでの部活動紹介ではあまり――というか雫ちゃんとその友達しか――集まらなかったのだ。がしかし、このときのフライヤーと、学校側に許可を取って朝の登校時間にフライヤー配りを――笹島たちの協力も得て――行ったおかげで、我ら文芸部は十分な数の部員を確保できたのであった。
第七章 完
最初のコメントを投稿しよう!