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波の音に混じってどこからか人のしゃべりが聞こえてきた。少年特有の少し甲高い声だった。
さっきの公園にいた子らだろうか?
目を凝らすと松林の向こうに人の姿が見えた。旭葵は辺りを見回したが隠れる場所はなかった。このテントの中以外に。
旭葵は布の中に潜り込んだ。中は思ったより広く、釣り人が腰かけるような小さな椅子に、テーブルに見立てた木箱もあった。ちょっとした秘密基地だ。
「なぁ、俺たちの藩だけだよ、まだ姫がいないのは。いい加減誰にするか決めようよ」
「溝口さんでいいじゃん、クラスで一番可愛いしさ、まだどこの藩にも入ってないってよ」
「う~ん、でもなぁ」
「それかいっそのこと、蝦夷の姫の坂本さんを奪うか? 坂本さんだったら文句ないだろ」
「待てよ、誰にするかは武将の俺が決める」
「だから、それをなかなか決めてくれないから、俺たちがこう言ってるんじゃないかよ。いったいどんだけ選り好みしてんだよ」
旭葵には意味不明な会話のやり取りがこちらに近づいてくる。会話の声からして少なくとも4、5人はいるようだ。
「とりあえず秘密基地で次の戦の策をねるぞ」
秘密基地という言葉に旭葵は反応した。
しまった。
旭葵は音を立てないよう中腰のまま、そろりそろりとテントの端に移動した。
「待った! 誰かいる!」
緊迫した声がした。旭葵はピタリと動きを止める。
「基地の中に誰かいるぞ」
「田村たちじゃね?」
「いや、田村たちはキムショー寄ってから来るって言ってたから、まだのはずだ」
そこで会話が途切れた。旭葵は息を潜めて様子を伺う。外の少年たちは声には出さずに何かを示し合わせているのかも知れない。
「たぬき!」
怒鳴るような叫ぶような声がした。間をおいてまた、
「たぬき!」
と聞こえた。
もしかして合言葉か?
旭葵は背中にじわりと汗をかいた。
“たぬき”、緑のたぬきときたら、赤いきつね。
「たぬき!」
旭葵を追い詰めるように再び問われる。旭葵は腹をくくった。
「きつね!」
テントの外はしんとしている。
“きつね”で合ってるよな?
「誰だ!?」
ヤバイ違った。
旭葵が布をめくって外に出ようとするのと、テントが大きく揺れたのはほぼ同時だった。
「そっちだ!」
倒れてきたテントに押されて旭葵は尻餅をついた。そのまま中に閉じ込められる。闇雲に白い布をかき分け、出口を探すため這い回った。
「そっちに逃げたぞ!」
「捕まえろ!」
背後で声がする。
その時だった、真っ白に遮られていた旭葵の視界がいきなり開けた。
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