彼氏に振られ、猫になった

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 猫になってみて、痛感した。  言葉を口に出して伝えられることが、どれほどありがたいことなのか。  ちゃんと伝えられたはずなのに、私は樹へ思ったことをちゃんと言葉にしなかった。今までの私は、人間だったにも関わらず、猫である今と同じようなことを樹へしてしまっていたんだ。  秋人に、猫の鳴き声の意味が、全く伝わらないように。  人間同士だって、言葉にしなきゃ、伝わるはずがない。  樹と一緒に誕生日プレゼントを選ぶのだって、やってみたら、案外楽しかったんだと思う。  ねえ、樹。  理想の彼氏像と心の中で比べたりして、ごめんね。  私は、他でもない樹のことが、好きだったのに。だってさ、こんなにかっこいい男の人に抱きしめられてるのに、全然ドキドキしないんだよ?   あぁ。こんな簡単なことに今更気がつくなんて、私は本当に大バカだ。  私、やっぱり猫のままじゃいられないや。  秋人。迷惑だと思ったことの方が多かったけど、一週間、面倒を見てくれてありがとね。    眠りこけて力のゆるんだ秋人の腕の中から、そっと抜け出す。  そのまま、奇跡的に施錠の漏れていた窓を見つけて、なんとか外に出た。  まだ肌寒い春の夜の中、直観のままに塀の上を進んでいくと、見覚えのある猫地蔵様が見えてきた。  あの猫地蔵様に祈ったら、きっと人間に戻れる。  不思議なことに、そう確信した。  人間に戻ったら、あまりの自分のバカさと失ったものの大きさに、涙が止まらないんだろう。  そうして気が済むまで泣いたら、樹に、会いにいきたい。  もうとっくに愛想を尽かされてしまって、しばらく会ってもくれないかもと思うと、足が震えそうなほど怖いけど。  私は、猫じゃなくて、人間だから。  たとえ時間がかかっても、今度こそありったけの気持ちを、彼へ伝えるんだ。言葉にしたくてもできないもどかしさを知った分だけ、たくさん。【完】
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