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「ねえ、樹! この前ね、美佳が夜景の見える高級ディナーに連れていってもらったんだって!」
「ふーん。弘人に?」
「そうそう! すっごく感動したぁって言ってたよ。うらやましいなー」
「へえ。あー……そういや、ちょっと前に弘人を飲みに誘ったんだけど、金欠だからって断られたわ。なるほど、そういうことだったのか」
樹が小さく鼻で笑って、アイスティーを口に含んだ瞬間、イラッとした。
不正解。
不正解だよ、樹。今のは、そう答えるところじゃないでしょ。
『じゃあ今度の誕生日に、舞も連れていってあげるよ』が正解だって、どうして分かんないのかな。
目の前の樹は、空気の読めない自分の回答を反省することもなく、呑気に笑っている。
「弘人のやつ、彼女の前だからってだいぶ見栄をはったな。最近の昼飯も、購買のカップ麺一杯とかそんなんばっかだったし」
「そーなんだ……」
「うん。多分、次のライブに出るのをパスしたのも金欠でだな」
「はは……」
ヘラヘラと笑う樹を見つめながら、『本物のバカは、目の前の彼女がモヤモヤしていることに気がつけない樹の方なんじゃないの』という泥のように濁った感情がわきあがるのを、ブラックコーヒーと共に無理やり呑みくだす。
思わず、顔をしかめそうになるほどの苦さだ。
「そろそろ、舞の誕生日だな」
「うん!」
さすがに、誕生日は覚えててくれたんだ。
バンドサークルの夏合宿で付き合いはじめて半年ちょっと、カレカノになってから初めての誕生日を忘れるほど能天気ではないのね。
ほんの少し持ち直した気分は、次の彼の一言で、一気に台無しとなった。
「プレゼントさ、なにか欲しいものある?」
「えっ」
なにか欲しいものある? って……。
それ、私に聞いちゃう?
なにをあげたら私が喜ぶか、必死に考えまくって選ぶのも彼氏である樹の仕事なんじゃないの?
「えっと……私は、樹が考えてくれたものが良いなぁ」
こみあげるイラつきを抑えながら、健気な態度に、少量のピリついた本音を溶かす。
「えっ、俺が? うーん……プレゼント選びとか慣れてないし、センスにもあんま自信ないから、舞自身に選んでほしいかなぁ。ほら。せっかくの誕生日なのに、ガッカリしてほしくないし」
それでも、察しの悪い樹には、少しも響かない。
困ったように笑って、目を泳がせている。
「あっ、そろそろバイトに行く時間だわ。舞、また明日な」
樹は、自分の発言がどれだけ私をガッカリさせているのか知りもしないまま、いそいそとバイトに向かっていった。
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