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猫は、いいなぁ。のんきそうに喉を鳴らして、なんの悩みもなさそうだもの。
私は今、そんな風に考えていた一週間前までの自分を、猛烈に恥じていた。
野良猫事情は分からないけど、飼い猫って、とっっってもタイヘン……!
「ユキ。朝ご飯だよ、いっぱい食べな」
「にゃあにゃあにゃあ!」
いらない! 毎日そんなにいっぱい食べれないってば! 大体、あなたが過保護すぎて、なかなか外にも出させてくれないじゃない。家の中にばかりいて、お腹なんて空くわけない!
「ふふ。今日も元気が良いねぇ」
違う! 解釈が一ミリも合ってない!! すっごくゲンナリしてるから!!
「ユキ。今日はシャワーを浴びようね」
「にゃーーーっ!」
「逃げないの。たまにはちゃんと綺麗にしないとだってば」
「にゃにゃにゃ」
人間にとっては安らぎのシャワーも、猫にとっては恐怖の対象でしかない。そもそも濡れるのが、めちゃくちゃ嫌。一度濡れると、なかなか乾かなくてすっごく寒い。あと、猫目線で見ると、シャワーは誇張でなく滝のようだ。純粋に怖すぎる。
「秋人、性懲りもなくまーた猫を拾ってきたの? この前まで『ペットは亡くなる辛さに耐えきれないから、もう一生飼わない!』ってボロボロ泣いてたばっかじゃん」
私を拾ったイケメンの名前は、秋人というらしい。
秋人は生粋の猫好き男だった。白猫になった私に『ユキ』という名前をつけて、毎日、ウザいほど溺愛してくる。
「いやいや。ユキは一時的に預かってるだけだし。飼ったわけではないよ?」
飼い主を探そうとしているところに誠意は感じるけれど、飼い主など見つかるわけがないことは私自身が一番よくわかっているんだな。
この奇妙な生活が始まって、もう一週間。
もしも私が家族と同居していたなら、早急に捜索願いが出されていたのだろうけど、残念ながら私は一人暮らし。しかも、唯一、毎日連絡を取っていた樹とは別れたばかり。大学も春休み中だし、これといってバイトも用事もたまたま何もいれていなかった。
人間の私が姿を消したことは、まだ騒ぎにはなっていないのだろう。
「ユキー。一緒に、お昼寝しよ?」
「にゃあ」
嫌だ。
私が抱きしめてほしい男の子は、樹だけだもの。
「ほーら。こっちにおいで」
「にゃあにゃあっ」
私が逃げ出そうとする前に、秋人は長い腕でひょいっと私を捕らえてしまう。
その腕に抱きしめられるたびに、心が、ここは求めている場所じゃないって叫ぶんだ。
秋人はかなりのイケメンだし、猫にとって悪い人ではない。
でも……抱きしめられても、胸がキュンとはしないんだ。
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