冒険譚のラストシーンにて

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___「竜を倒した英雄が護る街」には、それから穏やかに日々が流れた。もちろん英雄の子は街の者からも祝福されたし、街の長が次の統治者に男を任命してからは、街はさらに活気ついたように見える。 わたしはこの山から出る事は決してないが、全て鳥や虫たちが話してくれた。(『前は大きな木みたいでなぁんにも面白くないし、とっつきにくいなあって思ってました!竜って喋れるんですねえ!』と一番最初に言われたことは、今でも根に持っている) 『あのニンゲン、うまくやってますよ。ここ数年は山に変な奴が入ってくることもないし、平和でいいよね』という具合の話だった。 本当にそうなのである。 目を閉じて首を伸ばせば、光の粒が鱗に降り積もる音が聞こえる。木々の葉脈は淡く、蒼く光っている。 あの男がここ数年尽力した街での活動の中で、「自然に寄り添う街づくり」という、なんとも間の抜けた名のものがあった。森の木を伐るとき、倍の本数の木を植えること。”怪物はいなくなったが”山には用事なく立ち入らず、むやみに動植物を殺めないこと。頂くときにはその命に感謝すること。「人間よりも遥かに強大な生物」が存在するこの世界で、自分たちは生かされているのだということを忘れないこと。 ___竜を倒したとき、竜と会話してそのことに気づかされたのだ、と。そうやって街の者に話して、数年かけて皆の意識を変えてきたのだと、男から聞いた。 出会ったころすぐにそのことを聞いていたらわたしは鼻で笑っただろうが、この話を聞いているときわたしはしっかりと山の変化を感じていた。数百年間、数年前まで失われていた光や神聖たちが、今再び芽吹こうとしている。 弱り切りながらも生き永らえて苛立つ私の前に、あの日現れた木偶が。「大きな嘘」で出来上がった英雄になって、「嘘以上に大きな偉業」をなし得ようとしている。 不思議なことだ。わたしはただ眠り続けたくて、あの日男に無理を押し付けて帰らせただけだというのに。男は、何もかもを変えていった。山や、動植物、街、ひと。そしてわたし。 死ぬまで眠ったまま夢の中にいたいと、かつて願っていたわたし。いまでは、昼には陽を浴び、夜には星のさざめきを聴き、そして、朝にはとおい街の音に耳を澄ます。その小さな喧騒の中に、走り回るようになったファリアや男の笑い声があるんじゃないかと。
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