冒険譚のラストシーンにて

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街の長となった男は、もう滅多にわたしのもとへやっては来ない。その席を長く空けることは出来ないだろうし、「ただの英雄」だったころよりもはるかにやらなければいけないことが増えただろう。けれど虫や鳥たちから耳に入る男の話は、これまでよりも格段に増えている。それは「あの方は良い統治者だ」と、街の者たちが頻繁に噂しているからに他ならなかった。 首を伸ばす。空気の粒子を空に向かってひとつひとつ昇ろうとする、木々の枝や蔓たちと。きしきし。ぴしり。硬質な鱗が鳴る音は、金属製の風鈴によく似ていると、もう10年以上前に男は言っていた。心地が良い、お前のすぐ下で日向ぼっこをしながら昼寝をしてみたいとも。ついぞその男の願いが叶う日はやってこないのかもしれない。だが、そうだな。いつの日か男が老いて、大人になったファリアかファリアの婿に街の長を譲ったころ。年老いた男と、陽を浴びながらうたた寝するのを想像すれば、それは悪くないものだった。わたしにとってそれが、遠くない未来であればいいと願う。 ごろごろごろ、と遠い雷鳴が聞こえる。 雨季がすぐそこまで迫っている。 雨も好きだが、長い時間太陽を見れないのは寂しいことだ。この国ではひと月ほど続く雨季へ向けて、わたしはもっと陽を浴びようと翼も開く。まだ来ぬ男とのうたた寝の、白昼夢をみながら。
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