冒険譚のラストシーンにて

14/36
前へ
/36ページ
次へ
少し前から始まった雨季はどこまでも空気が透明で、薄い雲からはわずかに太陽の気配さえする。落ちてくる細い無数の雨粒を体躯すべてで受け止めていると、これにはまた陽光にはない気持ちよさがあった。以前よりもはるかに、雨の中のエネルギーが増したおかげもあるだろう。 ___わたしはここ最近知ったのだが、自然信仰、とでもいうようなものがすっかり定着したようだった。「ひとは自然のただ中に生きていて、自然を取り除いては生きていけない。はじめから存在する自然なもののなかに神聖はあり、それを尊ぶ姿勢こそひとの生活まで豊かにする」、と言うものらしい。 それを耳に入れた小動物などは「ふぅん今さら?」という具合であったが、ここ10年で山や空は大きく変化してきたことをみなが分かっていたため、嬉しそうですらあった。 数百年間、人間たちから日々を脅かされ続けたわたしは、大勢の信仰や思想を変えることの難しさをよく知っている。けれどたったひとりでここまでやり遂げたのだ、あの男は。 ひとの文明のために自然が失われて、竜や幾ばくかの動植物が滅びたところで、数十世代先までは人間たちにとってはなんの影響もないはずだった。街の者や家族を守ろうとするあの男にとっても。けれどあの男は、はるか遠く山の上に棲むわたしの日々さえ、遠い場所から護ろうとしている。一度根付いた信仰は簡単には消えない。きっと男の狙い通り、この先も自然に宿るエネルギーや神聖はどんどん蘇ってゆくだろう。そしてわたしや小さな生き物たちを、護るのだろう。 冷たくも柔らかい雨が鱗に染み込んでゆく。その一粒一粒に、わたしのいろんな感情が溶けてゆく。どうしているのだろうな、お前たちは。満ち足りた毎日であるか。雨に凍えたりしない穏やかな日々であるか。わたしのように、尽きない淋しさを覚えることなどないか。 この雨があの男やファリアにとっても恵みになるよう、わたしは雨の帷の中でいつまでも祈った。
/36ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加