冒険譚のラストシーンにて

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その日も雨だった。終わりかけた雨季を惜しむように、その日はやけに厚く重たい雲が山にかかっていたものだから、動物たちはすっかりねぐらに隠れている。わたしはいつもよりも高くに鼻先を伸ばしている。もし雷がおきたとき、まわりの木々に墜ちることがないように。ちょっと眩しいくらいで、雷撃などわたしにとっては何でもなかった。でも木々にとっては違う。これだけすべてがずぶ濡れならば燃え広がることはないだろうが、墜ちた一本は裂けて枯れゆくだろう。それが我慢ならない。わたしには、一本の木にさえ男が惜しまなかった苦労が宿っている気がしていたから。 とおい雷鳴や、地面や葉をたたく雨の音で、空を仰ぐわたしは「それ」にまったく、気が付いていなかった。 「___なんて、なんて、綺麗なの」 そんな、十数年前に聞いたことのある言葉が雨の隙間をすり抜けて、わたしの耳に届いた。驚くよりも先に瞳が声の主を探して、わたしの数メートル先の、恐れもせず立ち尽くす子どもを映す。___ああ。 頭の先から靴まですべてをずぶ濡れにして、少女が___大きくなったファリアが、そこにいた。興奮で目をキラキラとさせて、頬を真っ赤にしている。男によく似て日に焼けた顔。真っ黒で癖のある髪の毛から雫を落としながら、わたしを見上げている。 情けなくも目を丸くして何も言えないでいるわたしに、何歩かファリアが歩み寄るので、傷つけまいと無意識に後ずさる。それをみたファリアが眉を下げて笑う。 「父さんの言うとおり!___”あの竜は何物にも比べられないほど美しく大きくて、そして、その爪や鱗でわたしやお前を傷つけないように、いつも心を砕いていた”、って。眠る前にいつもあなたの話を聞いてた!」
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