冒険譚のラストシーンにて

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その不用心な笑顔がどこまでも男に似ていて、わたしは息ができなくなる。そうしてようやっと思考が追い付いてから、自然と出てしまった溜め息の後に、立ち上がって四肢と翼を伸ばす。 ”わたしの下に来い。そんなに濡れて風邪でも引いたら、あの男に何と言えばいい。腹の下でしゃがんでいなさい。わたしの鱗に触れると、お前の肌など破り裂いてしまう”  絞りだした声がすこし風を生んだので慌てる。それを気にもしないファリアはありがとう、と言って、怯えることもなく腹の下に潜り込む。10歳になるファリアの身長では、立ち上がるわたしの腹の鱗に届きそうもなくて安心した。翼を脇腹へとたたんで、尾も脚へ寄せれば、そこは大きなテントのようにしっかりとファリアを雨と風から護った。 わたしの鱗に雨が落ちると、小さくきぃん、りぃん、と音を立てる。その音が体の下に響くようで、それをファリアは楽しそうにしていた。 「鱗が氷みたいに見えるから、あなたの体は雪みたいに冷たいんだと思ったの。おなかのしたは、こんなにあったかいのね。」 「父さんが、あなたは太陽の光を栄養に生きているんだって言ってたから、こんな陽の光みたいにあったかいのかしら?会いに来てよかった、わたしずっとあなたに会いたかったの」 そう無邪気に笑うファリアを見て頭が痛くなる。ずいぶんと久しい感覚だった。ああ、あの男に、本当によく似ている。 ___ きっと今頃、あの男は狼狽しているに違いない。 ”ファリア。耳をふさいでいなさい” 名を呼ばれて目を丸くしたファリアが、おとなしく耳を両手で塞ぐのを見てから。わたしは肺いっぱいに湿気た大気を吸い込んで、そして大きく咆哮した。 街の方向へ一直線に風が、立ち並んだ樹々をしならせながら山肌を滑り落ちていく。街の者は突然の嵐のような風に驚くだろう。けれどあの男だけは、「わたしの聲」だと、きっと気が付くはずだった。 ”お前の娘がわたしのところにいるぞ”、と。
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