冒険譚のラストシーンにて

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雨の中を、今や長となった男が迎えに来るのを、わたしたちは待った。たくさんの話をしながら。 名前の由来。竜に伝わる神話の数々。星の読み方。学校の話。父と母の話。街の話。 わたしはいまたくさんの「永遠」を感じている。いくつもの、失くなったり薄れたりしない感情。命の長さは違えど、人間にも竜にも等しく終わりはやってくる。終わりまでの道のりの中、人生を照らす永遠をいくつ見つけられるだろう?終わりの淵に立った時、一体いくつの永遠を手にして眠ることができるだろう? この小さな少女にも、わたしと同じだけ満ち足りた心地で生きてもらいたい。 ほら、いましがた雨の中息を切らせて走ってきた男のもとでなら、きっと叶うだろう。 ”久しいな。よくやっているそうじゃないか、英雄” 笑顔で手を振るファリアと、ファリアの大きな傘となっているわたしと。何度も見比べて破顔した男は、いくらか老けて立派なひげを蓄えていた。けれど、安心したら泣くところも、ファリアを抱き上げる無骨ながら優しい掌も、わたしを見つけて嬉しそうにする顔も、何も変わっていなかった。 ”帰って母に早く顔を見せてやれ”と言った。 男は名残惜しそうな顔でこちらを見る。その分かりやすすぎる表情から、ここで話したいことがたくさんあったことも、街の者や母がとてもとても心配していることも、街でやらねばならない責務がたくさんあることも全てが分かった。 だから、数年ぶりの再会にも別れにも何も思っていない風を装う。”隠居することになったら、またここに来い”とも言えば、男はいくらかほころんだ頬で「……ありがとう」と言った。 ”ファリア。もうここに来てはいけない。「竜は死んだ」のだから” お前たちが哀しそうな顔をするのを見て、心が満たされる私を赦してほしい。わたしはもういいのだ。たくさんお前たちから永遠をもらったのだから。 何度も振り返ってありがとうと叫ぶ男と、雨具にくるまれて泣きながら手を振り続けるファリア。 もうすっかり暗くなった夜の山で、せめて帰り道がやさしいものであるように、竜の言語で叫ぶ。 【___ここでお前たちの短くて美しい命をずっとおもっているよ、わたしの永い命の途中で、きっとお前たちを喪うのだろう、でも、お前たちがくれたものを抱きしめながら生きるよ。お前が再び生き返らせたこの山の中で】 街へと一直線に雨が割れて、聲の通り道は闇の中、星のような水滴が瞬くだろう。 生きろ、幸福に。そしてできるなら、お前たちの永遠の中にわたしを、棲まわせておくれ。
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