冒険譚のラストシーンにて

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..... 陽を受けて鱗を鳴らすわたしのそばで、男がごろりと横になっている。男のそばでは、幼いファリアが寝息を立てている。二人の顔に影を作るように片翼を広げて、わたしはその寝顔をじっと見てから首を伸ばす。 樹々は大気に満ちる神聖を喜んで歌っている。草は波のように光る。空気は薄黄色の絹のように揺れる。胸の内が、冷たくて暖かい。 ここに、なにもかもがあった。このまま消えてしまいたいとさえ思った。 ..... ___長い長いうたた寝の後。諦め悪くいつまでも瞼を閉じていたが、すっかり優しい白昼夢は過ぎて行ってしまった。仕方なく瞼を開ける。夢と同じ景色が目に飛び込んできて、一瞬現実と夢の境目で迷子になる。首を軋ませながら地面を見下ろすと、そこに男とファリアだけがいなかった。 薄情なことに、わたしの白昼夢にはすっかり竜の仲間たちは出てこなくなった。代わりに男やファリア、時には顔も知らぬファリアの母も一緒に、昼寝をしているという内容に変わった。なんとも間抜けで取るに足りない夢。そして、得難くいつまでも諦めきれない、わたしと男の夢でもあった。 ファリアがここにたった一度やって来てから、もう8回目になる夏が巡ってきた。 20年近く前には失われていた自然界のエネルギーが、特に夏には沸き立つように次々産まれては輝く。煌々と燃える太陽と、それが作る樹々の影は黒々として、鳴り止まない虫の声が木陰のなかに響き渡る。 わたしがここで呼吸しているだけで絶えず風が起こるので、けしてここは暑くない。街も時折涼しくなればと、加減しながら遠吠えする日もあった。逆に冬などはわたしの息が颪となって街の者が凍えないよう、なるだけ浅い呼吸をしながら眠るのだ。 このままわたしは、街で暮らすあの家族のことをを想いながら、霞のような夢と思い出を糧に残りの永い命の終わりを待つのだろう。 それでいいと思った。 植物だったころには知りもしなかったほどに心は重たくて、地に伏してしまいたくなるような日だってあった。陽と風と雨さえあれば永久に生きていられる躯であったが、感情とともに死んでしまいたいと思う日さえあった。以前は「居眠りほどの間に何十年も過ぎてゆく」とそう思っていたのに、今は時間の果てしなさをちゃんと痛感している。 苦しくて、哀しくて、淋しくて。でも何も無かった心の中は満ち足りていた。だからそれでいいと思った。
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