冒険譚のラストシーンにて

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(阿呆らしくなってきた。何故いつまでたっても人間の冒険ごっこのラストシーンに、つきあわねばならんのだ) 齢数千年のこの命の中で、ようやっとそういう心持ちになったのは、百年ほど前のことだった。永久にも思えるような命を持つ竜の最後のいっぴきだったわたしを、人間は”世界最後の邪神”や”最悪の怪物”と呼んだ。いつ腹を空かせて人間を食い殺しにやってくるかと恐れていたらしい。心底馬鹿だなあと思った。いったいどこに、生臭い肉を喰らう竜がいるだろう。 竜は謂わば植物だった。大地に根を張ることなく、空高くさえ枝を伸ばせる植物だった。陽の光で躰を洗い、雨で喉を潤し、風で腹を満たし、食物連鎖のどこにも括られず、欲がなく、たいした思考もせず世界で呼吸し、牙と巨躯と翼とをもつ、ただの巨木も同然だった。 なにが「いつの日か人を襲う」だ。世界の神聖を弱らせて、竜を絶えさせたのはお前たちの方だというのに。 わたしは最後のいっぴきだった。だから何百年も、人間としか関わることがなかった。それも「討伐」の瞬間にだけ。剣で風は斬れないし、弓矢で太陽は射抜けないのと同じで、彼らが持ち寄る玩具のような武器のなにもかもが竜には無意味だった。やってくる人間たちの骨折り損をぼうっと見つめて、飽きた頃さいごにひと鳴きすれば、奴らはばたばたと帰っていく。毎回それだけのことだったけれど、何百回とそれを繰り返されてわたしは苛々としていた。わたしはただただ眠たくて、眠りを邪魔されることが我慢ならなかった。仲間と空気のように生きていた頃は気分が波立つことなどなかったのに。人間たちに付き合っているうち「苛立ち」という感情を覚えてしまったことにも、わたしは心底腹がたっていた。 わたしはうんざりしていた。大義を掲げてやってきた勇者の一団。名を残すため挑んできた武闘家。一儲けを夢見た山賊。そんな奴らを「嚙み殺してやりたい」などと、人間のようによこしまな心が湧いてしまうその前に。 わたしははやくこの「冒険譚のラストシーン」という、茶番劇から降板したかった。雨や風や光を鱗にうけて眠る、ひそやかなただの植物に、戻りたかったのだ。
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