冒険譚のラストシーンにて

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夏の終わりには、山は1年で一番賑やかになる。この山や街よりもはるか北方からの渡り鳥の、中継地となっているからだ。毎年やってくる顔なじみたちだったが、毎回『この山はどんどん居心地がよくなるね』と嬉しそうにさえずる。”山の麓の街の長が、自然を大切にしているからだ”と言うと、鳥たちはぴぃぴぃと羨ましがって、自分たちの故郷の有様や長の悪口を始める。わたしが褒められた訳ではないのに口元が綻んでしまう。 しかし、一羽が始めた話で、一気にその気分は掻き消えた。 『そういえば、ここのひとつ前に羽休めした地域の人間が、「あの場所で竜が滅びて久しい。本当にいなくなったようだし、竜殺しの英雄も老いた。そろそろ争いを仕掛けてもいいだろう」って話していたよ。』 『こんなに居心地のいい場所なのに、戦争が起きて荒れてしまったら嫌だなあ。』そういって顔を曇らす鳥よりもはるかに暗澹とした気持ちで、わたしは考えた。 鳥たちの進路でいうと、件の地域は男の領地とは山を挟みながら隣同士であるはずだった。そして、この山を取り囲む複数の領地の中でもっとも大きく、最も多くの兵力を有していた。 この山は、今は男の領地に含まれている。かつて無数に棲息していた竜たちのねぐらを、以前はだれも管理しようと欲しがったりはしなかった。そして男の「竜殺しの功績」を讃えて、「竜のいなくなった山」は男へと恩賜されたのだ。これまでは、「竜を倒した」などという絵空事を信じない者も中にはいたし、阿呆くらいしか竜の巣窟へ足を踏み入れる者はいなかった。だが「20年たっても復活しない。本当に滅ぼされたようだ」となれば、話が違ってくる。 男のものとなっているこの山には、わたしたちから見れば何の価値もない、でも人間たちが見れば喉から手が出るほど欲しがる天然の資源が、手つかずのままで眠っているのだから。それは山を男に恩賜した王ですら知り得ないことで、けれど山に隣接する地域の者なら、薄々気づいてしまうことだった。
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