冒険譚のラストシーンにて

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心臓が凍り付いたような心地。知らず知らず鱗が逆立っていた。近くにいた小鳥たちがびっくりして騒ぐので、あわてて鱗を閉じる。 ああ、あの男や家族の平和を願っているだけでは、その平和は守れないのだ。どうしたものか。どうしたものか___。 わたしは久しぶりに、胎の内側に燃え盛る激情を感じていた。「男に殺されてから」かなしいまでに優しく穏やかに過ぎゆく日々の中で錆びかけていた、怒りや憎しみ、そして激しい後悔が頭をもたげる。 ”今年は早めに次の場所へうつると良い。ゆっくりさせてやれなくて済まない____お前たちが来年も、ここで羽を休められるようにしておくよ” 最後の言葉を口にするときは、頭の中には男やファリアの笑顔が浮かんでいた。酷く短い人生のなかで、あの者たちの居場所が脅かされることなどあってはならなかった。ましてや、わたしが男に押し付けた「嘘」のせいで起こったことなのだから。 巨大な竜は滅んでなどいない。男は竜を殺してなどいない。わたしが永久に「最悪の怪物」として山に生き続けていれば、こんなことにはならなかった。 嘘から始まって争いが起きようとしている。それでも、男はわたしに着せられた英雄のマントを脱がぬだろう。背負った街の者たちを放り出したりしないだろう。そして___絶対にわたしを、責めたりしないのだろう。 頭の上を名残惜しげに旋回していた鳥たちが、遠い空に消えて見えなくなってから。わたしは吼えた。嵐が起きて周りの若い樹々が数本折れてしまっても止められなくて、夜になるまで胎のなかの激情を炉にして、吼え続けた。
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