冒険譚のラストシーンにて

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___大きな爆発音が聞こえたとき、何が起きたのかを思考する前に、頭に浮かんだのは父と母の顔だった。窓に飛びついて外を窺うと、夜の帷が落ちかけた薄闇のなか、遠くの関所のあたりが煌々と光っている。燃えているのだ。赤く雲まで照らすほどに。 隣の領地の人間が攻めてきたんだとすぐに思い至る。「竜の山」の資源的価値が付近の領地にも広まり出したらしく、ここ数年は私の父もずっと警戒していたのだ。 いくらか前の、父の言葉を思い出す。 「___資源ならくれてやりたいぐらいだ。でも、俺はあの山と優しい竜の穏やかな日々をずっと護りたいんだ。山を賭けていつか争うことになっても、俺は山を売ったりしない。それは、それは、愚かなことだろうか」 父は、私たちの前でだけはよく泣くひとだった。 街を大きくしたり貿易で儲けたいという野望はなく、さらには街の人たちのことを心から大事にしているのに。「山を渡せば済む」という有事の局面にもけっして山や竜を見捨てるつもりがないことに、父が一番苦しんでいた。 「…いいえ。大切なものを大切と言えて何が悪いのです。あなたが皆に広めた教えとあなたの優しさのおかげで、街の者は皆幸せに満たされて生きています。このままずっと守りましょう。あの山も、私たちの命の一部なのですから」 子どものように背中を丸めて泣く父の手を、母が小さな手で包んで言う。私の愛する父と母。優しすぎると、竜にも言わしめたこの街の長。
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