冒険譚のラストシーンにて

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「どうして私に、あなたのお母さんの名前をつけてくれたの?」 10歳の無鉄砲だった私が、竜を訪ねた日のこと。あの日、竜の腹の下で護られながら聞いた、鱗で跳ねる雨の音。竜が話すたびに起こる優しい風。鱗の中で煌めく無数の虹。足元で揺れる水滴の瞬き。そして、私の本当の名を呼ぶ竜の言語。 すべてがそれまで母に読んでもらったどの絵本よりも美しくて、何もかもが奇跡のようだった。 ”おまえの父に、生まれ変わらせてもらったからだ” 「? ”父さんは竜を殺したんだ”って街のみんなは言ってたわ。それは嘘なんだって、父さんから聞いたけど」 不思議だった。殺されたことにされたら、生まれ変わるなんて。 ”わからなくていい。いつかおおきくなったら、きっと「何があってもなくならないもの」を知ることになる。それを手に入れたとき、いきものは生まれ変わるんだ” 「父さんがあなたに、何かをあげたの?そんなにいい物なの?」 ずるいわ!そう頬を膨らませた私に、竜は風を起こしながら笑った。 ”ああ。この世で一番よいものだ。わたしはこれを護るためなら、死んだっていいんだ” 「!死んではだめよ!ずっとその宝物と生きていて!」 簡単に死なんて言葉が出てくるから、わたしは飛び上がって驚いたし、なにより想像したら悲しくなって泣いてしまう。竜が簡単に死んでしまうような気がしたからだ。 ”もしわたしが死んだって、その宝物は失くならずにずっとわたしと一緒なんだ。永遠に。だから何も、怖くはないよ”
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