冒険譚のラストシーンにて

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父がやって来た時、私と竜の前で泣いた父を見て。 「ああ、父さんにとってこの竜は、家族と同じように大切なんだ」とそう思った。のぞき込んだ竜の眼差しの優しさ。何か言いたげに少し開いては閉じる牙。雨の中でぼろぼろとただ涙を落とす父も、いつもとは違った。 あの日、竜が言う意味を幼い私は理解できなくて、死んでしまうんじゃないかと言う私の恐れを否定してくれなかったことが哀しかった。帰り道「竜は死んでしまうのか」と泣きながら聞いた私に、「いや。山を護れば、あの竜は何千年でも生きるんだ」と父は答えた。安心して涙がひっこんだ私と対照的に、寂しそうだった父の顔。どうしてなのか、それさえ私にはわからなかったのだ。 今の私にはわかる。夏に時折山からふきおろす人間を労わるような涼しい風を受けた父は、必ず山を見上げた。その眼差しを見ていれば、痛いほどにわかってしまった。 命の長さ。そんな抗いようのない摂理の隙間で、あのふたりは代えがたい存在になってしまったのだ。 父を見守り続けてもあっという間に老いて死ぬ。竜が永久に孤独になると分かっていながら先に死んでゆく。それは、あのふたりにとってどれほどの苦痛であるだろう。 でもそれを承知で、”何があってもなくならない、世界で一番よいものだ”と、竜は言ったのだ。 ___永遠。きっとそういう言葉で表されるもの。幼い私が竜と過ごしたあの日も、同じ類のものだった気がしている。 だって18歳になったいまも、何一つ色褪せずに私の心を満たしている。私を形作っている。 灼けた空気が頬を滑って、思考が現実へ戻る。燃え盛る関所がずいぶん近くまで迫った。 父さん。生きていて。絶対に生きていて。私や母さんや街の人だけじゃない。 あの竜を悲しませないで。
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