冒険譚のラストシーンにて

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「お前が邪神と言うのは、本当なのか」 1年前のある時。またしても微睡みを邪魔されて、ひどく苛ついたわたしが開いた瞼のその先に、驚くほどの軽装で立っていたのがこの男だった。 煤で汚れたシャツとズボンによれた皮のブーツを履いて、何の武器も持たずに、わたしの鼻先数メートルの位置でこちらを見ている。鉄と火と灰の匂いがする。鍛冶職人だろうか。仕事場からふらっと散歩に来たような風体のそいつを、わたしは意表を突かれたような心地で見ていた。 「ひとの言葉はわからないのかな。みんなお前のことを最悪の怪物だというんだ。俺ら、なにもされたことがないのに。本当に、俺や町のみんなを、いつか丸のみにしたりするのか」 あきれるまでに変わったやつだな。きっと人の世界でも周りに馴染んでいないに違いなかった。 わたしは沈黙しながら男を睨みつけている。にんげんとは、勝手で、小さく非力なくせに群れれば気が大きくなって、欲しがるばかりの野蛮な生き物だ。これまでの無数の無礼が思い出されて、首筋がちりちりと熱くなる。 _____ああ駄目だ。 また苛立ちに支配されそうになって、わたしは頭の中の波を鎮めようと躍起になる。口からわずかに息を漏らすと、男は怯えるでもなく目を輝かせた。…だから、なんだと言うのだその反応は。 「…俺の言葉が、わかるか?」 言語を理解することは簡単だったが、人間と意思疎通をするつもりは毛頭なかった。攻撃する意思はなさそうだったので無視して眠ろうと思ったのだが。 しかし。閉じかけた瞼を浅く開いて男を再び見れば、なにやらじりじりと近付いてきているような気がするのだ。しまいにはまるで犬や猫のように、わたしを撫でてみようなどと考えているような気さえして、ほうっておくわけにはいかなくなる。 ああ鬱陶しい! こんなに扱いづらい状況になったのは初めてのことで、わたしは多少困惑する。 そしてなにより、武器も持たずわたしと会話を試みようとするこの男のことを追い返してしまえば、わたしは喉に異物がつっかえたような最悪の心地をずっと味わう羽目になるような気がしていた。
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