冒険譚のラストシーンにて

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その場にいる全ての人間たちを縮み上がらせるのに十分すぎる迫力と恐怖。それは神々の域にある生き物だと、皆に思い知らせ、そして畏怖させる。 竜は怒りを孕んだ息を荒げながら、大きな躰をぐるりと一周させて、竦みあがる敵軍へと向き直る。その昏く光る眼に射抜かれて、人間たちは身じろぎひとつできない。 そして___竜が喉をそり上がらせて息を吸い込み、軍へと息の限り再び咆哮した時には、そこには一筋の大きな伽藍洞ができていた。竜巻が通り過ぎた後のように、あれだけひしめき合っていた人間たちの跡形もなく。 何もかもを消し去る風圧を免れた兵士たちは、大恐慌に陥った。我先にと元来た道を戻ろうと藻掻く矮小な人間たちを、怪物は赦さない。 切り裂く。踏みつぶす。噛み砕く。巨大な竜がただ軍を追いかけ身をよじっただけで、ありとあらゆる暴力がそこに発生した。竜の躰が赤黒く汚れていく。月や薄氷に似た、虹を抱いていた鱗が、穢れていく。 距離のある者はなんとか武器を振るったが、剣も、矢も、炎も、何もかもが竜には無意味だ。こんなにも人間たちを圧倒してゆくのに、そこに実体がないかのようだった。まるで霞のように矢や剣がすり抜けていくのを見て、兵士たちは狂乱しながら絶望する。その抵抗は余計に竜を怒らせるだけで、しまいにはほとんどが烈風の中に霧散していった。 ___風が収まる。 落ちた沈黙が耳に痛い。たった数分のようにも、数時間のようにも感じる一方的で無慈悲な狩り。竜の前には綺麗なほどに何もなくて、ただ、美しい竜の体だけが穢れていた。
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