冒険譚のラストシーンにて

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_____息を吸う。吐く。生まれて初めて聲を張り上げ喚き散らした喉は痛くて、そして自分の躰にこびりついた血の噎せ返る匂いが、ただただ不快だった。躰が重たい。 「……全員避難しろ!俺がなんとかする!!」 背中側で聞こえる、数年ぶりの男の声。泣きそうな声。泣くな。お前は英雄で、この街の長だろう。 怯えて逃げ惑う街の兵士たちを何とか宥めて避難させる男の言葉に、思わず少し笑ってしまう。そういえばお前も随分前から、役者であったなあ。わたしなどよりもよっぽど、ちゃんと板についたじゃないか。 兵士たちの声や足音がすっかり遠くなって、自分の躰の重たさに耐えきれなくなったわたしは地面に横たわる。起こった地響きに躓きながら男は走り寄ってきて、そしてもうすでに泣いていた。その横には、すっかり大人びたファリアが。 ” …ああ、とんだ三文芝居だった。茶番劇にはもう出ないと、決めていたんだがな ” ふたりがわたしの鼻先で泣いて離れないので、枯れた喉で喋っても風は起こらないことに安心した。いや、喉が枯れているからではなくて、わたしのなかの力が尽きかけているからだろうか。鱗の隙間から染み込んだたくさんの人間の血に、内側に宿っている神聖が滲んで溶けていくのを、ずっと感じていた。男が山を護って育んでくれた神聖だったから、わたしは自分の命よりもそれを惜しく感じる。
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