冒険譚のラストシーンにて

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” 泣くな、たのしい冒険だった 。 植物だったわたしにも 、おまえたちのために 振るえる力があるのだと ああ 愉快だ ” ざらざらとした笑いが口から洩れる。 軽蔑するか?わたしは、お前たち以外はどうなってもいいのだ。消し飛ばして骨の欠片さえ残さなかった大勢のことだって、気にもならないのだから。 何かを護ろうとする時、同じだけの重たさの犠牲を払うことになる。何を捨てるか選ぶ時、お前は1番先に自分の命を選ぶことがわかっていた。 わたしが何を護るか選ぶ時には、その1番目にお前たちがいるというのに。 きっとこの先、お前たちやこの街を襲おうなどと言う阿呆は出てこないだろう。だから、わたしがしたことに何の後悔もない。 「いかないで!!」 涙をいっぱいにためたファリア。腕に傷がつくことも構わず私の鼻先を抱くので、わたしも開き直ってその手に擦り寄る。ああ、柔らかで優しい掌だ。この掌はこれからきっと、たくさんの永遠を知っていくことになる。わたしがその未来を護ったのだ。 「そんな、そんな…!まだ何にも恩返しできていないのに…!」 男が、服の袖で鱗の血をぬぐおうと躍起になっている。鱗の色が、黒く淀んできたことに気が付いたのだろう。数百年前、滅んでいった竜たちの最期もこんなだった。内側の神聖が穢れたら、永久の竜の命はそこで閉じる。 ” ここでお別れだ 。さあ 顔をよく見せてくれ ” 最期に見る二人の顔は、涙でひどいものだった。わたしの死に向けられた涙。誰にも看取られぬはずの竜を、悼む涙。 ” こころを持つと、生は重たすぎるものだなあ 。だが、本当によいものだった わたしに、意味のある生と死を教えてくれて、ありがとう ” やっとのことで呼吸する。肺に入る空気が重たい。 【     】。吐息と一緒に竜の言語で呼べば、ファリアがはっとする。その前髪が風に踊って、涙がぱっと散るのを、わたしは網膜に縫い留める。男が傷だらけになりながらわたしの首を撫ぜる。その優しい指の温度を、忘れぬように焼き付ける。 ” わたしは 【     】の元へ還るよ。   幸福に生きろ、永遠に ”
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